パスするんだ。このボールを、あいつに。その為の努力と能力だった。


「オイ、高尾お前なんか調子悪いのか?」
「え…、そんなことないっすよ」
「うるさくないお前とか気持ち悪ぃ」
「うわー宮地先輩ひどいですよ!」
「うるせえな。まぁそれより体調悪いなら帰れよ」


そんなに、体調悪そうな顔をしているのか。鏡が無いから分からないと肩を落としていると声が。緑間から声を掛けられ後ろを振り向く。


「高尾…、顔色が悪いのだよ」
「もー真ちゃんまで…大丈夫だって」
「いや、帰るのだよ」
「…は」


心配そうに覗き込まれてじわじわと背に汗が出てくる。本当なら嬉しい筈なのに、今は聞きたくない。こんなに緑間から目を背けたくなるたんて今までなかったと、自分でも驚いてしまう。他人事のように冷静に考える自分がいてユニフォームを握り締めた。


「そっか、なら帰るわ」
「…ああ」


一瞬の間を置いて拾った音は相変わらず平淡で頭に血が登る。ぐちゃぐちゃと混ざり合う感情がもう何なの自分で判断できなくなっていて、体育館の扉へと足を踏み出す。
これは逃げ、だ。分からない、恐怖が襲って来て情けなくも逃げ出した。


「意味分かんねえ」


そっと呟いても部室に消えて行く想いにやりきれなさが込み上げて来る。ぎゅうと胃が締まるのを感じて高尾はゆっくりと椅子に座り込んだ。どくどくと早くなる脈に滲む汗。締まる喉に何とか酸素を取り入れると少し楽になる。

手探りで携帯を手に取り開くと、一件のメールが。送り主は悠斗で。一緒に帰宅しようと書いてある。

楽になれるならなんでも良い。縋り付けるなら。最低だ、と思うけれど他に術が見つからない。高尾は一緒だけ眉を寄せると了承のメールを送った。



「なんか嫌なこととかあった?」
「ん?なんもない」
「本当かよ?オレに出来ることがあるなら、何でも言って」
「…」


目を合わせながらそう告げた悠斗を見つめると、不意に寂しさが和らいだ。空になったような心を埋めて欲しい。
こんな風な寂しさを感じる事なんて無かったからどうすれば良いのか分からないで沈黙を生んでしまうとさらりと髪を撫でられて。
温もりが身体に染みた。もうこんな不毛な感情なんて消してしまいたい。


「全部、忘れたい…」


ああ、ほんとオレって最低だ。胸に顔を埋めて擦り寄ると悠斗はその背に腕を回した。不思議な程何も感じない。もっと何かあると思っていたのに、そんな自分が怖くなって遮るようにもう一度その胸に。

「和…オレの家いこ」




「…うん」







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