文 | ナノ

6月23日

あれ、緑間じゃん。え、なに。
もやもやとぼやけながら目の前の彼は何かを言っている。はっきりとは聞こえないそれを何とか拾おうとするけれど、何も頭には入って来ない。それから困ったように緑間が笑ってその手の平で頭を優しく撫でた。

な、なに、緑間何してんの。髪が、高尾の髪が緑間の指と指の間でさらさらと揺れた。


「ん…、しん、ちゃん?」

ぱちり、と瞬きと共に視界に飛び込んだのは自分の部屋の天井。先程の夢のせいで心臓は意志に反してどくどくとうるさく音を立てている。夢…か。そうだよな、そもそも緑間が自分を撫でるなんてそんなことあるわけない。それでもやけに生々しく感じた緑間の手の温かさに高尾は朝から気分が重くなった。




授業終了の合図に起立してから礼をし終えると高尾は脱力するように机へと突っ伏した。眼前には自分の腕と机の茶色。ちらりと前を覗き見れば、緑間が教科書を片付けていて、なんとなくその流れを見てしまう。
いや、なんとなくではなく多分あの夢が忘れられないからだ。確実に意識してしまっている。あれから緑間と登校してきたがその時はあの夢の事は忘れていた、なのに何故か今突然あの感触がじりじりと頭を、記憶を焼いていた。信じられないことに少なからず動揺を隠せずにいる高尾は緑間だけを見ていた。

かたりと音を立てて緑間が後ろへと振り向き高尾に視線を。ぼうっとしているように見えるのであろう、緑間は少し眉根を寄せる。

「高尾…」

「…んー」

「何を呆けているのだよ」

「いや、なんでもねーよ」

明らかに心ここに在らずな返事をしてしまった高尾にいよいよ緑間は不機嫌さを声音に隠さなかった。目の前で起きている事だ、当然認識はしているのだけど意識は記憶の中に集中してしまっている。多分、それも気付かれているのだろう。少し首を上げて見上げた体勢もそろそろきつくなってきて伸ばしていた手を机に突き起き上がる。

「…」

「…」

緑間と話す、何時ものようにただ会話をするだけなのにそれが出来ない。自分が喋らないとこれだけ静かなのかと呑気に思ってしまう。緑間の方からもこれといって何か話し掛けてくるわけでもなく、黙って席を立つその後を追いかけた。普段から部活の道具しか入ってない軽めの鞄を右肩に掛けると隣へと足を並べる。

「高尾」

「ん?」

左から落ち着いた緑間の声がかかり見上げるとふと目に入った天井。あれ、これどっかで見たような。

「どこか具合でも悪いのか」

「っ…!」

まさか、と頭を過ぎった思考。あの夢の天井と緑間の仕草と今目の前で起きている光景が一致した。目を見開いて固まってしまった高尾に緑間は驚きの色を含んだ声で名前を呼んだ。どれも、ぼんやりだが今朝見た夢と一緒で、ごくりと息ごと緊張を飲み込む。だとしたら次は緑間が頭を撫でてくる。

「…しんちゃ…」

「高尾」

思わず零れた声に優しく首を傾けてから見開かれた高尾の目と視線を合わせた。ふいに持ち上げられた緑間の右手はそのまま高尾の髪を掻き混ぜた。そこから全身へ熱のようなものが駆けていく。何だこれ、正夢ってやつか。
それにしても頭を撫でる手つきは優しく髪を掬っては撫でつけての繰り返しで終いには頬まで一撫でしていった。ぶるり、と足が震える。何を思ったのか緑間は満足気な顔をしてから少し口角を上げた気がする。

「今日は休め」

「…は?」

「いいから、休め」

「な、何言ってんの?」

訳の分からないことを言い出した緑間に慌てて抗議するも有無を言わせないような低い声と威圧感に黙るしかなく、渋々緑間の言う事に従う事にした。本当のところ緑間と一緒にいることが今は恥ずかしくて仕方がなかった。そんな自分に呆れると、先程の事は忘れるようにと心の奥へと擽ったさを押し込んだ。




家に着いてからは晩御飯を食べ、風呂へ入ると通常通りに過ごした。特にやることも無くベッドへと潜り込むとあついからと出した足を見つめる。異様な程の眠気が襲って来て意識が遠のいていく。それを感じながら高尾は瞼を閉じる、完全に途切れる寸前の思考の中で緑間が浮かんできた。そういえば今日の真ちゃん優しかったな。




6月24日

唇に温かく柔らかい感触。とても心地良く気持ち良い。目を開けると広がるのは緑と肌色で、これは緑間だと感じた。離れて行く感触に名残惜しく思いながらも距離があきピントのあった視界で緑間を認識する。やっぱり真ちゃんだ。
緩む頬にまた唇が充てられてそれから高尾の唇へと。


「ぅ…」

まだ眠たい瞼の筋肉を奮い立たせなんとか目を開けると暫く自分の布団を見つめる。ああ今日は、なんの夢見だっけ。

「って、うわぁ! し、真ちゃんと!」

夢の中で唇に感じた感触、捉えた緑色。どれも鮮やかで美しいものだったが、高尾の顔が青ざめるのには充分なものだった。

まさかまた正夢になるのかよ。うそだろ、オレどうしたらいいんだよ。

恥ずかしさに汗をかいた身体が跳ねるのが分かった。瞳には動揺と羞恥と微かな期待が顔を見せている。


2013/06/28

予知夢高尾くん

 
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テーマ「人外ファンタジー」
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