Uniform



「高尾はさ、」

ぽつり、と空中の言葉が二人の間で揺れる。

それを捕まえるように距離を縮めると彼女は顔をしかめた。


「高尾はさ、凄いね、」

自分とは違う制服に身を包んだ少女の地面に落ちた手のひらを握ってやると芝生が肌に刺さった。


「なにそれ、どーゆーこと??」

別に自分がすごいとは思ったことはない。

そんなことを思う人間なんて早々いないのだろうが。

むしろ自分には足りないものだらけだと思う。

今の自分に満足することはできない。

目指す場所を見つめるためにはまだまだ手を伸ばすだけじゃ足りなくて、隣に置いたバックの中のシューズの削れ方にため息をつく自分もいる。

それなのに彼女は自分が凄いという。
「だってさ、高尾はいつだって進んでるんだ。」

掴んだ手のひらを解かれて代わりに掴んだのは灰色のブレザー。

自分の敵である学校の制服。

彼女はそこで、マネージャーをしているのだが。


「……なに??黄瀬クンにまたなんか言われたわけ??」

こくり、と影が落ちる。

小さくため息をついた。

彼女──俺の幼なじみである#名前#と海常高校エース、黄瀬涼太のすれ違いはそう珍しいことではない。

高校で出会ったこのふたりはお互いスモールフォワードというポジションを経験しているということもあって、すぐに仲良くなり付き合い始めた。

しかし分かりあう故に、すれ違うことも多かった。

メールや電話、時には呼び出されて泣き顔を見せられる度何度あいつに殺意を抱いたかはわからない。

「うん……また、怒鳴られちゃった。」

涙が浮かぶ少女の姿。

それに少しでも胸を高鳴らせる自分は最低なのだろうか。

改めて思う、俺は#名前#が好きなのだ。

でも、遅かった。

ずっとずっと、あいつより先に出会っていたのに俺は結局踏み出すことすらできない。

つまるところ、俺は進んでなどいない。

「……そっか、」

「……高尾、」

彼女の姿が後ろに回る。

背中にぶつかった重さはそのまま自分にかけられた。

「ごめん……少しだけ、」

少しだけ、充電させて。




いつも思う。

そんな風に泣くなら、自分の元にくればいいのにと。

そんなに苦しくて辛いならあいつの手なんて離してしまえばいいのにと。

でもその言葉を口にすることができないのは紛れもなく俺だ。

進んでなんかいない。

ずっと俺はここにとどまったままだ。

そんな自分ではいけないと、知っている。

それでもせめて今だけは。

今だけは、この背中の温度に息を合わせることに決めてそっと目を閉じた。



とけあう背中の温度
(近いのに、分かり合えるのに、すれ違う)




back