Uniform



一歩。
俺の方へと踏み出した彼女の目は、とても輝いていた。その笑みはいつも以上に楽しそうなものだ。そう、俺、これが見たかった。俺のダジャレでは笑ってくれない名前をどうしたら笑わせられるか。ずっと悩んでいたけれどそれは解決した。

と同時に俺の人生も終わりそうだ。

「名前、一応聞くけど……何してるんだ?」
「伊月君、そんな質問聞いてないで私のお願いを聞いて。聞くよね? 勿論聞くよね?」

有無を言わせないその迫力に俺はたじろぐ。だが、だが、である。彼女の手の中にあるものが見えた今、そのお願いに頷く事は出来ない。

男として。

「あのな、名前。そのお願いが『これ着て。』以外だったら頷いてもいいよ?」
「…………。」

…………やっぱり。
彼女はどうやら『それ』を俺に着せたいらしい。

その『セーラー服』を。

「断る!」
「断るを断る!」

彼女は綺麗にたたまれていたセーラー服を広げると俺の体に合わせてきた。恐らく彼女のものだろう、当然のように俺には小さい。

「着よう、伊月君! 大丈夫、似合うから! ……ちょっと小さいけど。」
「無理、無理無理無理! 男に着せようって考えからまず否定するよ?! あ、『黄瀬、よう!』って挨拶どう? キタコレ!」
「ダジャレとかどうでもいい。」

あ、酷い。
今この子俺の存在意義を否定したよ。

「だって伊月君、綺麗な顔してるもん。似合う、私より遥かに似合う。」
「それ、嬉しくないからね?」
「どうして?! 何が嫌なの?! セーラー服は男のロマンだよ?!」
「あのね! ロマンを感じるのは女子が着ている姿であって、自分が着たってただの変態にしか見えないからね?!」
「私がハァハァする。」
「どうしたの名前、むしろどうしたいの?」

小さくため息をついたら、名前はゆっくりと俯いた。これ、落ち込んでるのか? 俺が悪いのか?
彼女の小さな肩に手を置いて、顔を覗くように前かがみになる。拗ねて頬を膨らます彼女は俺の視線から逃げるようにそっぽを向いた。
下を向いた彼女の睫毛は、マスカラをしていないのに長くて綺麗だ。機嫌を損ねた彼女のこの姿を見るのは何度目だろう。その度に思う。

『彼女は綺麗だ』と。

「急にどうしたの?」
「だって、伊月君の方が綺麗だもん。」

どうやら名前は俺と比較して落ち込んでいるらしい。そんなの、比較する事自体が間違っているし、ていうか俺の方が綺麗っていう結論さえも間違ってる。

「名前。」

俺は優しく彼女の名前を呼ぶ。それに反応して顔をあげた瞬間、その柔らかくてぷっくりとした唇にキスをした。
照れ隠しに笑うと、驚いたらしい名前が二、三度瞬きをする。だけどすぐにいつもの柔らかな笑みを浮かべた。

それがどうしようもなく愛しくて、今度は彼女の瞼にキスを落とす。

「お前の方が、ずっとずっと綺麗だよ。」

彼女の機嫌は、どうやら直ったようだ。




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