Uniform



正しく折り目のついたプリーツスカートは、校則で指定されている膝丈で、それ以上でもそれ以下でもない。それが、鮮やかな色の布地に脚線を浮かび上がらせるマキシ丈のスカートや、黒のハイソックスとの間に普段はさらされることのない太腿をのぞかせるショートパンツになったなら。




「制服の女の子って、いいよな」


単純計算なら、天頂から半分以上は太陽が傾いたであろう時刻の部室で、学ランから片腕を抜いた降旗君が思いついたようにいった。毎日見てる服装のどこがいいんだよ、と顔をしかめる火神君と、わかってないな、と肩をすくめる降旗君、河原君、福田君の三人。僕はどちらの意見に加勢するでもなく、ただ息をひそめてやりとりに耳を傾けていた。

「セーターで萌え袖してるのとか、先生にバレないように一回だけ折ったスカートとか、いいじゃん!本人の前では言えないけど、カントクだって、」

そういうものなのだろうか。そう思うのと同時に、自分の恋人の姿が浮かんだ。バスケ部のマネージャーを務めている彼女も、そんな風に、欲を表に返したような目で見られているのかと思ったら、ぞくりと気持ちの悪い寒気がした。これ以上、この話を聞いていたくない。両の手で顔の脇にある耳を覆っても、指のわずかな隙間が音の侵入を許してしまうだろうから、僕はひとり、部室を後にしたのだった。



「あれ、テツヤだけ?みんなは?」

引き戸式の扉を開けた音が、体育館に人が入ってきたという事実を名前さんに伝えたようで、彼女はすぐに僕の姿をその瞳にうつしてくれた。ステージに腰を下ろして、広がるプリーツスカート。先ほどの会話のせいか、変に意識してしまう。

「もうすぐ来ると思いますよ」

床から50センチくらい上で揺らしていた足を地につけて、小走りで僕へと近づいてくる名前さん。その足音は、部活中の僕たちのそれとは違って、軽く高く、響く。同時に僕の胸に小さな高揚をもたらす、不思議な音だ。


「ねえテツヤ。今週の日曜日、オフでしょう?よかったら、一緒にどこか行かない?」

「いいですよ」

「ほんと?じゃあ、日曜日の10時に、駅前で」

彼女の言葉が合図だったかのように、体育館の扉が開いて、足音と話し声が流れ込む。それより1オクターブほど高いカントクの声が、練習開始を告げた。




“駅前”だけじゃわかりづらかったよね。銅像の前で、待ち合わせね!

そこに、顔の前でせわしなく手を動かしてはにかむ名前さんの姿が浮かぶような文面を眺めながら、家を出た。ぎゅうと締め付けられたり、破裂しそうなほど膨らんだりと、心臓が落ち着かない。それは、昨日彼女と今日の約束を交わしてからずっと。夜眠れない、なんて火神君のようにはならなかったけれど、緊張、しているのだ。名前さんとこうして出かけるのは、はじめてだから。


主人の帰りをまちつづけた犬は、今もこうしてこの場所に佇んでいる。待つ、というのはこんなにももどかしいことだったのか。時間は、読書をしていればあっという間に過ぎてしまうものだと思っていたのに。右手の文庫本は、しおりを挟んだ次のページすら読み終えていない。左手でポケットから携帯電話を取り出し、側面のボタンを押した。あと、五分。


「テツヤ!」

オフショルダーのトップスに、サスペンダーのついたフレアミディスカート。毎日つけると彼女が言った、僕があげた誕生日プレゼントのネックレスが、鎖骨の上で輝いている。普段はセーラー服のカーラーに隠されているそれが、今日はこうして表に出て彼女を飾る。スカートの丈は制服のそれと変わらないのに、日に焼けていないデコルテが露わになっているせいか、見てはいけないものを見てしまったような、そんな罪悪感に襲われた。

「ごめんね、待った?」

けれどそれは次第に別の感情へと変わっていく。僕にだけ見せてくれる、彼女の一部。吸血鬼が愛する女の血を貪るように、その白い首筋に噛みついてやろうか。

「テツヤ、どうかした?」

「あまりにも名前さんが綺麗なので、見惚れてしまいました」

顔を赤くする彼女の、力の抜けた左手に、自分の右手を絡めた。彼女のからだが、こころが、一瞬だけ強張るのを感じた。

「誰にも見せたくない」

「テツヤ…?」


僕にとって制服というのは、本能を制御しているものなのかもしれない。




back