Uniform



『風邪引きました
 米と卵はあります
 大我くんの卵粥が食べたい』

ぼーっとした頭でぼーっとした顔文字を引っ付けたメールを送り、乱暴に放り投げた携帯がごとりと悲鳴を上げた。

身体の中から暑いもんだから、布団はかぶらないで枕に埋めた顔。頭が、痛い。



遠くで何かが鳴った気がする。何だ。この間延びした音はそうだ、玄関のチャイムだ。

「あー、はいはい今出ますよーっと」

のそりのそりとモニターを覗いて、送ったメールと放り投げた携帯を思い出す。

急いで鍵とチェーンロックとドアを開けた。程良く冷えた夜風が頬に気持ちいい。

「大丈夫か、です」

「うん、今のところはなんとかね」

制服のままの片手には近所のスーパーの袋。メールを送ったときはまだオレンジ色だった空は大我くんの赤い髪越しに黒く溶けていた。

お気に入りのヒールの横にひと回りもふた回りも大きなローファーが並ぶ。いつもと同じ位置。

熱は?を聞きながら冷蔵庫を覗く後ろ姿に測ってないと返す。なんとなく熱うを測ると負けな気がする。するだけ、なんだけど。

「卵粥つくってる間に測っとけ、です」

しぶしぶ体温計を探す。どこにやったっけなぁ…

「大学とかバイトは?」

「ちゃんと休んだよー」

「そっすか」

ホントは午前中だけ大学に行った。昼からはホントにしんどくて帰ってきたし、バイトは休んだけど、それを言ったら多分怒られる。だから言わない。

ようやく見つけた体温計の電源を入れてソファーに寝転がり、難なく卵と冷凍おにぎりを見つけた大我くんの背中を眺める。電子レンジの扱いだって慣れたもの。

まぁ、私がこれだけご飯つくってよって言ってたらこうなるか。


ぴぴぴ、と体温計がわめいた。電子レンジも一緒に笑う。鍋はもうセット済みだ。

「何度?」

38度6分。

「…37度、4分」

ちらりと寄越された視線をかわして体温計を黙らせたら、同じタイミングでレンジも黙る。私は悪くない。

薬は?飲んだよ。

大我くんが卵を割った。そろそろ良い匂いがし始めるのだろうか。

鼻が詰まっていることがひどく惜しい。新しいティッシュを引っ張り出す。



大学生になって一人暮らしを始めて少しは生活能力があがるかと思いきや、現実は隣の部屋の年下の男の子に頼りっぱなし。

あぁ、お父さんお母さん、こんな娘でごめんなさい。

だって大我くんがつくったご飯美味しいんだもん。不味いものより美味しいもの食べたいよね?

きっと将来は良いお嫁さんになるだろう。間違いない。


…そういえば彼女、居ないのかな。居たら私って、ものすごく邪魔だよね。



大我くんが動くたびに波立つワイシャツの背中に、ふと思い出す。

「大我くんも高校生なんだねー」

今更だけど改めて思う。


テストと睡魔と宿題に立ち向かったり、友達とどうでも良いことで笑ったり、部活で先輩に怒られたりしてるんだろうか。

誰が誰に告白してフラれたとか聞いてびっくりしたり、お腹すかせて帰り道を急いだり、教室の掃除をめんどくさがったりしてるんだろうか。


「いきなり何だ、ですか」

「んー、ちょっとね」


私だって少し前まではスカートの裾を風になびかせていたというのに。


「…大我くんと同じ高校、行ってみたかったなぁ」


弱気になってるのは多分、風邪のせいだ。


それを吹き飛ばそうと卵粥の出来を尋ねる。もうすぐだ、です。下手くそな敬語が返ってくる。

あぁ、また少し頭が痛くなってきた。

大我くんが火を止める。

「似合うんじゃねえの、です、ウチの制服」

ちょっとずれた答えに思わず笑ってしまう。大我くんのそういうところが好きだなぁ。


目の前に置かれたお茶碗にはゆらりゆらりと湯気が立つ。いただきます、と唱えて冷ますために吹きかけた息。

「うん、美味しいよ」

鼻が詰まってるせいでちゃんと味がわからないけれど、でもきっとこの卵粥は美味しいのだ。

そして、美味しいと言えば大我くんはそうやって笑ってくれるのだ。

だから私は大我くんがつくるご飯を食べたくなる。


「あの、」

「うん?」

湯気の向こうで大我くんが照れたように頬をかく。

「早く風邪治せよ、です」

そんな言葉を言われたら、どきっとしちゃうじゃないか。したけど。

「…うん、頑張る」

逸らした視線の先に、波がまた1つ。




back