Holiday



 一回目のデートは私が迷子になり、二回目のデートは高尾に急用が出来て潰され、そして三回目のデートは試合見学。何とも言い難いデート内容に異議を申し立てたのが一か月前のことである。
 これはデートと言えるのかな、と高尾に聞くと「俺と名前がいるなら、いつでもデートだろ?」とときめきそうな答えを返された。確かにそれはそうかもしれない……けど! 私は年相応のデートがしたいのだ。二人で遊園地行って遊んだり、手を繋いで歩いたり、二人でドキドキを共有したり! 
 不満そうな私に、高尾はちょっとだけ困ったように笑いながら約束を取り付けた。それも一か月前のこと。
 


 そして、今日がその日だった。いつもよりも女の子らしい服装をしてきた私の足元は寒い。慣れないミニスカートをはこうとした私が馬鹿だった。だけど、きっと高尾は「可愛い」って言ってくれる、と思うから……ちょっとだけ、そう、本当にちょっとだけ頑張った。
 待ち合わせ場所のオシャレなカフェで待つこと十分、ようやく高尾はやって来た。
 が。

「あー、疲れた……」
「ちょ、ちょっと……大丈夫?」

 席に座るなり、すぐに机にうつ伏せてしまう高尾に声をかけると、彼は疲労感ありありの笑みを浮かべて言った。オレンジの学校ジャージを着ているから部活帰りということはすぐに分かった。

「大丈夫大丈夫。ちょっと疲れてるだーけ。名前が心配する必要ねぇよ」
「……でも」
「それに前々からの約束だからな。当日になってドタキャンとか最悪っしょ?」
「確かに、そうかもしれないけど……」

 でも、それは高尾が元気じゃないと嫌だ。私のわがままで高尾に無理させるなんて出来ない。もうすぐ大事な試合だって迫ってるんだから、彼にとって優先するべきは十分な休養を取ることなんだ。
 そんな疲労感ありありの顔でデートなんか行っても、お互いに楽しくない。少なくとも私はそう。

「……やっぱり今日は無しにしよう。高尾が疲れてるの見過ごせない。それに、デートなら、また今度出来るし……」
「その言葉は嬉しいけど……あ、そうだ。俺んちで一緒に寛ごうぜ」
「え?」

 名案だろ、と言いたげな表情の高尾に、思わず呆れて溜息を吐いてしまう。
 いやいやいや。彼氏の家に行くなんてそんなハードルの高いこと言わないでよ。高尾の家族がいたら恥ずかしさと気まずさで緊張するし……。

「で、でも……」
「よし、決まり!」
「ちょっと、高尾……!」

 異論がないと思ったのか、高尾が機嫌良さそうにそう言う。あまりに強引すぎだ。だって、前の言葉から五秒も経ってないのに……! 
 しかし、もうすでに席を立って店の外に出ている高尾の姿に、私は少し呆れながら笑ってしまう。何でだろ、高尾が嬉しそうににこにことしてるから? ……まぁ高尾が楽しそうなら、なんでもいっか。

 

「お、お邪魔します……」

 こうしてやって来た高尾の家。靴を端っこに置いて、高尾の部屋へと向かう。両親は仕事で妹さんは部活の大会で、今日は高尾一人らしい。
 ……い、いや別に変な想像したわけじゃないけどさ。一応、私も年頃の女の子で、そういうことに興味持ってたりするけど。さすがに、そんな雰囲気になったら逃げる、と思う。……多分。
 変なことを考えていると、高尾の背中に顔が当たる。どうやら高尾の部屋の前らしい。高尾は私を見下ろすと、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべた。

「ははーん、緊張してんだろ?」
「…………」
「緊張することねーよ」

 部屋に入るなり、高尾は鞄を部屋の隅に置くと「そこら辺に座って」と比較的何もない場所を指した。その場所に座り、辺りを見回していると高尾がはまっているカードが散らばっているのが見えた。高尾は床に散らばった本を一か所に集めている。
 気になってそこら辺に散らばっている漫画を一冊手に取り、適当にページを捲る。丁度可愛い女の子が彼氏に膝枕をしているシーンだった。……膝枕かぁ。
 ようやく終わったのか高尾は私の前に座る。漫画を元の場所に置いて高尾に向き合う。何か話してくれるかと思ったけれど、高尾は口を閉じたままだ。

「…………」
「…………」

 …………。
 す、すごく気まずい。顔は真っ赤で熱いし、高尾のことを真っ直ぐ見れないし、高尾の匂いがするし……。って何だか変態みたい。ちらりと高尾の方を見ると、それは高尾も同じようで視線は私ではなく床を向いている。でも、顔は真っ赤だけど少し嬉しそうに微笑んでいる。
 な、何か話を出さないと……。そういえば何を話したらいいんだろう。

「じゃ、じゃあさ」
「ん?」
「ひ、膝枕ってさ……」
「え?」
「いや何でもないです」

 勇気を出してその言葉を告げたが、高尾のきょとんとした顔にすぐに撤回した。やっぱり恥ずかしい。何言ってんだ私。何で膝枕なんだちくちょう。普通に「今日はいい天気だね」とか言えばよかったのに!
 高尾は数秒後、私の言葉の意味を理解したのか「ああ」と何度か頷く。それから、少し気恥ずかしそうに視線を逸らしながら「じゃあ、やってくんね?」と言った。その発言に思わず顔が赤くなる。いや、膝枕してあげるっていう意味じゃないんだけど。……でも、嫌だとは思わなかったから「うん」と頷いた。顔が熱い。
 ベッドの淵に座ると隣に高尾が座り、それからごろんと太ももに頭を乗っけると高尾はすぐに瞼を閉じた。少しは照れているのか、頬が赤いのが可愛いと思った。高尾の髪の感触が地肌に触れてくすぐったい。

「今日だけだからね……ばか」

 照れてしまって、可愛くない一言を付け足してしまう。でも、それすらも高尾は微かに笑い声を漏らしただけで、余程疲れていたのだろう、すぐにすーすーと寝息を立て始める。
 手明きな私は、高尾の頭を撫でながら、髪を梳いたり頬をつついたりするも、寝入っているのか彼は起きる気配を見せない。穏やかに寝息を立て眠る彼は幼く見えた。




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