▼Hand キス、ハグ、触れる。 愛情表現の形は様々だけれど、私は彼の手に撫でられるのがとりわけ好きだった。 (きれいな手…) 「名前」 雑誌をめくるその手を、ぼんやりと目で追っていると、おいで、と手招きされた。私はカーペットの辰也の隣に座る。するとすぐに優しい手が降りてきて、私の頭を撫でた。まるで子供扱いだけれど、そうされている間はすごく落ち着く。 普段はバスケットボールを自在に操る、大きくて骨張った手。それなのに驚くほど繊細な指先。 ただ、撫でる。 それだけなのに、辰也にかかればそれはたちまち厳かな雰囲気を醸し出す。まるで、何か神聖な儀式でも執り行うかみたいに。それには少しの背徳感も混ざり合って、私の鼓動を速めていく。 手のひらから伝わるあたたかさが、優しさが、私をひどく幸せにしてやまなかった。大切にされているというのが、ひしひしと伝わってくる。 ひとしきり私の髪をすいた手が離れ、辰也はふわりと微笑んだ。 「辰也」 「ん?」 「もう少し」 撫でていて、と告げると辰也は切れ長の目を一層細めた。 「もちろん」 自分の肩に私の頭を寄り添わせると、また軽やかな手つきで私の髪を撫でたり、すいたり。 その気持ち良さに目を閉じれば、うっかり寝てしまいそうだった。ブラッシングされてる動物もこんな感じなんだろうか。 髪をすいた手は、そのまま前髪を分け、辰也は額にキスを落とした。音もなく、静かに唇が離れる。 「さすがにちょっと手も疲れてきたかな」 撫でるだけ、っていうのもね。なんていたずらに笑った辰也は私の体を引き寄せた。 その腕の中に収まってしまえば、やわらかな鼓動に包まれる。一定のリズムと、体にかかる圧力が心地よい。 …前言撤回。やっぱりハグもすき。 私もその首に手をまわす。至近距離で目が逢えば、今度は唇にキスが降る。 静かに、やわらかに、唇は離れては触れ、離れては触れを繰り返す。 …前言撤回。触れられるとか、ハグとかキスとか、多分大事なのは行為そのものじゃなくって、相手が辰也だってことだ。 辰也だから、ひとつひとつの行為がこんなにも、心地好くて、いとおしくて、嬉しい。 「辰也」 「んー?」 「すき。だいすき」 ストレートな言葉しか出てこないけれど、これに尽きる。私は辰也のことが、すごく、すごく、どうしようもなく好きなんだ。 こっちは真剣なのに、聞いた辰也はくすくすと笑い出す。 「…なんで笑うの」 恨めしげに睨み付けてみると、ふくれた頬にまたひとつ、キスが落ちてくる。 「ごめんね。あんまり可愛くて、つい。だから、そんな顔しないで?」 そう言って、頬に手を添えたら、また唇にキス。 それくらいでどうにかなると思っている辰也も辰也だけれど、それで彼の思惑通り簡単に機嫌を直してしまう私も私だ。 ふたりで視線を逢わせれば、どちらからともなく笑みがこぼれた。 時を止めるような愛情確認の儀式は、厳かに、そして甘やかに、私たちを満たしていった。 back |