Hand



キス、ハグ、触れる。

愛情表現の形は様々だけれど、私は彼の手に撫でられるのがとりわけ好きだった。

(きれいな手…)

「名前」

雑誌をめくるその手を、ぼんやりと目で追っていると、おいで、と手招きされた。私はカーペットの辰也の隣に座る。するとすぐに優しい手が降りてきて、私の頭を撫でた。まるで子供扱いだけれど、そうされている間はすごく落ち着く。

普段はバスケットボールを自在に操る、大きくて骨張った手。それなのに驚くほど繊細な指先。

ただ、撫でる。

それだけなのに、辰也にかかればそれはたちまち厳かな雰囲気を醸し出す。まるで、何か神聖な儀式でも執り行うかみたいに。それには少しの背徳感も混ざり合って、私の鼓動を速めていく。

手のひらから伝わるあたたかさが、優しさが、私をひどく幸せにしてやまなかった。大切にされているというのが、ひしひしと伝わってくる。

ひとしきり私の髪をすいた手が離れ、辰也はふわりと微笑んだ。

「辰也」

「ん?」

「もう少し」

撫でていて、と告げると辰也は切れ長の目を一層細めた。

「もちろん」

自分の肩に私の頭を寄り添わせると、また軽やかな手つきで私の髪を撫でたり、すいたり。

その気持ち良さに目を閉じれば、うっかり寝てしまいそうだった。ブラッシングされてる動物もこんな感じなんだろうか。

髪をすいた手は、そのまま前髪を分け、辰也は額にキスを落とした。音もなく、静かに唇が離れる。

「さすがにちょっと手も疲れてきたかな」

撫でるだけ、っていうのもね。なんていたずらに笑った辰也は私の体を引き寄せた。

その腕の中に収まってしまえば、やわらかな鼓動に包まれる。一定のリズムと、体にかかる圧力が心地よい。

…前言撤回。やっぱりハグもすき。

私もその首に手をまわす。至近距離で目が逢えば、今度は唇にキスが降る。

静かに、やわらかに、唇は離れては触れ、離れては触れを繰り返す。

…前言撤回。触れられるとか、ハグとかキスとか、多分大事なのは行為そのものじゃなくって、相手が辰也だってことだ。


辰也だから、ひとつひとつの行為がこんなにも、心地好くて、いとおしくて、嬉しい。


「辰也」

「んー?」

「すき。だいすき」

ストレートな言葉しか出てこないけれど、これに尽きる。私は辰也のことが、すごく、すごく、どうしようもなく好きなんだ。

こっちは真剣なのに、聞いた辰也はくすくすと笑い出す。

「…なんで笑うの」

恨めしげに睨み付けてみると、ふくれた頬にまたひとつ、キスが落ちてくる。

「ごめんね。あんまり可愛くて、つい。だから、そんな顔しないで?」

そう言って、頬に手を添えたら、また唇にキス。

それくらいでどうにかなると思っている辰也も辰也だけれど、それで彼の思惑通り簡単に機嫌を直してしまう私も私だ。

ふたりで視線を逢わせれば、どちらからともなく笑みがこぼれた。

時を止めるような愛情確認の儀式は、厳かに、そして甘やかに、私たちを満たしていった。




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