Sorrow



幼い頃から、あいつの笑った顔が大好きだった。
ぱっと周りが華やぐ様な可憐さがありながら、何処か気持ちを穏やかにさせる柔らかさも持ったあいつの笑顔が。
幼いなりに、その笑顔を曇らせる事はしたくないし、誰にもさせないと。
あいつの笑顔を守りたいと本気で思った。

そしてその気持ちは、高校生になった今でも変わらない。

まぁだから何つーの?
どんな理由や信念があっての事だとしても、あいつの笑顔を曇らせる奴が俺は許せない。
例えそれが、俺の現相棒で、あいつの彼氏であっても、だ。



「真ちゃーん。ちょっと酷いんじゃねぇの?」

「何の事だ。」

「名前だよ、名前。幾ら今日あいつの星座との相性最悪でも“近付くな”は無いっしょ。」

「馬鹿か貴様は。何かあってからでは遅いのだよ。
何事に対しても出来る限りの最善を尽くす。それが“人事を尽くす”と言う事なのだよ。」

「はは。まぁそりゃそうかもだけどよ。何てーの?マジ巫山戯んなっての。」

「何だと?」



喧嘩腰?何とでも言えばいい。
だって俺は、ずっとあいつの相談に乗って来たから、どれだけあいつが緑間を想っているかを知ってる。
告白して了承の返事を貰えたと、それはもう一生分の幸せを凝縮したかの様な、幼馴染みの俺ですら初めて目にしたくらいの輝かしい笑顔で報告に来たあいつを知ってるから。
そして何より、あいつが緑間を好きだと知った時からあいつへの長年の想いも俺が選ばれなかった悲しみも、全てを抑えて協力して来たから。

だから、緑間が手遅れレベルにおは朝占いを盲信していると知っていても。
高が占い程度であいつを突き放し、泣かせた緑間が許せない。



「そんなに彼女より占いが大事かよ?
ならさ、緑間。」

「…何だ。」

「俺が名前を貰っちゃうぜ?」

「………お前こそ巫山戯た事を吐かすな。」



なんて言葉に出してみても、そんな事は不可能だなんて俺が1番分かってる。
だって俺の大好きな笑顔は最早、緑間あってのものだと気付いてしまっているし、俺の言葉に目の前の緑間の雰囲気が酷く鋭いものに変わった。
それはつまり、こいつらが互いに互いを想っている何よりの証拠じゃないか。

俺がもっと馬鹿だったら。
空気なんて読まない、読めない奴だったら。
自分の気持ちに馬鹿正直だったなら。
きっと、今にも泣き出してしまいたくなる程の悲しみも胸を占める切なさも感じなくて済んだのに。



「けど緑間がやってんのは、あいつを横から誰かに掻っ攫われても文句は言えねぇ事だと思うけど?」

「………………。」



でも結局。
どんな事を考えても、言葉にしてみても。
俺の口から出るのは2人の仲を取り持つ為の言葉。
全てを隠して、得意の笑顔を貼り付けて。
何も感じていない振りをして、2人を応援しちまう。

仕方無いんだ。
ただの幼馴染みでしかない俺があいつの笑顔を守る術なんて、これくらいしか無ぇんだから。



「なぁ真ちゃん。失ってからじゃ、何を思ったって意味無いぜ?」



俺がそうだった様に、と言う言葉は飲み込んで緑間を見れば、緑間は少し俺を探る様に見てからガタリと徐に立ち上がった。
その意図を察して「まぁ頑張れ。」と声を掛ければ「あぁ。」と短い返事。

教室から出て行く緑間の背中を見送り、頬杖を付いて窓から空を見上げれば、ムカつくくらいの晴天が広がっている。



「あぁもう…くそっ…。」



どうやら俺は、そろそろ限界らしい。



「悲しいったら無ぇわ…。」



じわりと視界が滲み、思わず顔を伏せた。

きっとこれからもずっと。
俺があいつへの想いを捨てられない限り、俺はこうやって悲しみを抑えて何事も無い様に笑顔を貼り付け、何かある度にあいつらの仲を取り持っていくのだろう。

だって、そうする事でしか俺はあいつの笑顔を守れないのだから………。





あの子の笑顔が守れるなら
( 俺はこの想いにも悲しみにも、 )
( 全てに蓋をして、 )
( 何もかもを無かった事にしてしまおう。 )




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