Sorrow



出張から帰ってきて郵便受けを開けたら、バサバサと数日分の新聞とDMが雪崩落ちた。
溜め息と共に拾い集めてリビングのテーブルに無造作に散らすと、真っ白の封筒がぱさりと落ちた。

DMにしては随分綺麗なそれを拾うと、これまた綺麗な字で宛名書きがしてあって、裏返してそこにあった名前は。

「……真太郎」

少し角張った几帳面な字が、そこに並んでいた。
中に入っていたのは、形式的な結婚式の招待状、会場になるホテルの案内。それから、一枚の便箋。

久し振りだな。
あれから連絡も取っていなかったが、届いているだろうか。
まるで嫌みのようだとお前は思うかも知れないが、良ければ来て欲しい。
都合がつかないのであれば、無視してくれて構わない。

そして文末には、11桁の数字の羅列と、その下に一文。それは、今でも私が未練がましく覚えている彼の携帯の番号に他ならなかった。

もう10年になるだろうか。
私が彼、緑間真太郎といわゆる恋人としてお付き合いをしていたのは。
まだ私達がお互い制服を着て、同じ学び舎でふざけたり笑ったり勉強に励んだりと忙しない毎日を送っていた頃のこと。
笑えるくらい生真面目な彼との交際は、笑えるくらい穏やかだった。笑えるくらい生真面目な彼だったから、このまま彼と結婚するんだ、なんて事を思う日もあった。それをこぼして、赤い顔で頷いてくれたこともあった。

初々しい青春の思い出と締めくくれば綺麗だろう。
だけど綺麗なだけでは終わらない。私は幼稚なわがままで彼を傷つけたのだから。

番号を入力する手が震える。発信ボタンを押して、耳に当てると流れる電子音に嫌に心臓が早くなる。
5コールで出なければ、切ろう、と。
そう決めた瞬間、コール音が途切れた。

「……名字?」
「……み、どりま?」
「……ああ。届いた、のか」

安堵かそれとも落胆か。どちらか掴めないような息を電話の向こうで彼が落とした。
それから、10年も携帯の番号を変えていないのか、なんて言われたが、此方の台詞だ。登録しっぱなしだったのか彼も私の番号を覚えていたのか、それには触れなかった。

「結婚、おめでとう」
「ああ」
「わざわざ手書きでありがとう。昔の恋人に出すだなんて、奥さんに嫌がられなかった?」

茶化すように笑ってみせると、いいや、と緑間はやけに固い声で。

「寧ろ、呼べと言われたのだよ。……お前に謝りたいのだと、言ったら」
「……え?」

なにを、と言う前に、彼は更に言葉を続けた。

「あの頃、名前が心配してくれていたのは知っていた。でも弱いところを知られたくなかった。青かった、なんて、言い訳にもならんだろうが」

お前が優しいのに甘えていた。今更だが、すまなかった。

別れる少し前から。私達はすれ違ってばかりで、会話と言えば口論ばかりだった。
謝りたいと思うのに、謝ろうと声をかければまた新たに口論を始めてしまう。そんな事ばかりだった。
お互いの、どうしても譲れない小さな意地が、とうとう亀裂を作ってしまった。

一人になれば泣いてしまっていたあの頃に、もしも救いがあるならば。

「……やめてよ。お互い様じゃない。ねえ真太郎、私、そんな事が聞きたくて電話したんじゃないわ」
「……そうか。わかった」
「うん。ねえ、愚問かも知れないけど。あなた今、幸せかしら」
「ああ。勿論」
「……それなら、いいの。よかったのよ、これで」
「ああ……そうだな」

結婚式、是非行かせて貰うわね、と行って電話を切った。

私は優しい彼を傷つけてしまった。そんな彼が今、幸せになっている。それを私に教えてくれた。それ以上に喜ばしいことなど、無いはずなのに。
本音はどうしても違うところにいて、彼が幸せになるときは、私も隣で幸せになりたかったと。10年経った、今でさえ。

だけど、およそ二ヶ月後。
白のタキシード姿で、綺麗な花嫁の隣に立つ彼を見て。

あの日々に救いがあるなら、きっと今がそうなのだろう、と。
幸せそうに微笑む横顔に一つ、涙を流した。

あなたがそんな風に微笑むのなら、あの頃の私にとってきっとそれ以上の幸福はないだろうから。




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