Sorrow



世界はいつだって理不尽で残酷だ。

アイツはいつだって本気で、真面目で、信じていた。

小さな夢を大事に、大事に抱えながら。

「みんなで、少しでも長くバスケするんだ!」

それなのに、こんなありきたりな夢すら叶うことはなかった。

アイツは、たった一度。たった一度の練習試合で全てを失った。

走るための足も、バスケも、夢も、叶うはずだった未来も。

「歩けるだけ幸せだよー」

ふにゃりと、その下手くそな笑顔に腹が立った。

なんでお前がヘラヘラしてんだよ、ふざんな。そう言ってぶん殴ってやろうかと思った。

「真はたっくさんバスケやってね」

苦しくってしょうがないくせに、強がって。

バスケなんてとっくに嫌いなくせに、俺の試合を見に来て。

泣きたいくせに、笑って。

「まーこと、お疲れさま!」

ほら、世界は狡猾で残酷だ。

アイツがバスケを失った事以外は、何も変わりはしない。

ちっとも似合わない笑顔を覚えた事以外は、きっと一つも。

「今日も勝ったねー」

「……当然だろ、バカか」

「うん。そうだね」

あれから、ゆっくり歩くようになった。

それなのに、俺たちの間の言葉は以前よりずっと減ってしまった。

黙々と、並んで歩くだけの帰り道。

自分の息が曇っているのに気付いて、そんな季節なのか、と絶望に似た何かが脳裏を過った。

それと同時に、そいつが俺を覗き込んだ。

「真は、許せないことってある?」

隣から同じように白い息が言葉と共に吐き出されると、俺はそちらに意識を傾けざるを得なかった。

いつもよりずっと冷たく、抑揚のない声。

遠くで亀裂の入る音が聞こえた気がした。

「…お前がバスケ出来ねぇこと」

俺の鼓膜は、息を飲む音をはっきりと捉えた。

大きな目に水の膜を張って、悔しそうに、唇を噛み締めて。

最後にコイツの生き生きとした笑顔を見たのはいつだったか、と記憶を辿った。

「バスケ、したかったなぁ……」

か細くて、弱い声が小さく叫んだ。

ゆらり、水面が揺れる。

その奥の瞳に写る俺は、似たような表情をしていた。

「ねぇ、真」

世界からふたり、切り離される。

音も色もなくなって、アイツの声が唇の動きをなぞった。

「一緒に…壊しちゃおうか、」

欠片も思っていないであろう言葉に、本音を含めて。

「全部、全部、めちゃくちゃにしてさ。それで、誰もバスケなんて出来ないようにしちゃおう」

―そしたら、こんなに辛くなんかないよね。

色を失った頬に触れた手を、涙が伝った。

そいつの涙が以外にも冷たくて、俺はたった一つ。

「それも悪くねーな」

冷えた笑いが、零れ落ちた。



ひとりがふたりになった日


全ては壊せないと知りながら、

小指を絡めた。




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