▼Holiday
すっかりと陽の落ちた道を名前と並んで歩く。手袋越しに指を絡めて繋いだ手を時折ぎゅっぎゅと遊ぶように力を込める、俺よりもずっと小さい彼女は、俺よりもずっと柔らかそうな唇から白い息を溢した。はあ、悩ましげに開いたその唇は薄いピンク色。
「どうして一日は、二十四時間なんだろうねえ」
脈絡なく溢れたその言葉にどう答えたものか、考える間もなく彼女は続けて言葉を溢す。
陽の暮れた冷たい空気にじわり、と溶けていくような声で。
「せめて30時間くらいあったら、もう少しどうにかなりそうなのに」 「どうにかって、どうしたいんだよ?」
名前の歩幅に合わせた足は進むまま、彼女の返事を待つ。うーん、と考え込むように深い紺色の空を見上げた彼女の、長いまつげが上を向く。つんと通った鼻、薄らとピンク色の白い頬。
空に瞬くちかちかしたもの達よりも彼女の瞳の方が近く、暖かみがあった。
「あのね、」 「おう」 「一日は二十四時間でしょう? どう頑張っても、それは変えられないよね」 「そうだな」
胸のうちを整理するようにゆっくりと言葉を溢す名前に相槌を打ちながら、繋いだ小さい手にぎゅっぎゅと戯れるように力を込める。
「それで、そのうちの七時間くらいは睡眠時間でなくなっちゃうじゃない。ご飯食べるのに三食で……一時間くらい? あと、お風呂で二時間、それだけで残りが十四時間ね」 「お前風呂に二時間もかかんの?」 「女の子は色々とやることがあるの!」
風呂に二時間も入ってたらふやけちまう気しかしない、が黙っておく。それから頭の中で名前が入ろうとし始めたので、今隣にいる彼女と同じように夜空を見上げて引っ込ませようと努める。
ちかちかと瞬く中で一番目につくのはやはり、オリオン座か。行儀よく三つ並んだ真ん中に位置するそれらを眺めながら、なんとなく遠いな、と思った。
「あとは平日ならやっぱり七時間くらい、健介みたいに部活してたら学校だけでも十時間くらい学校でしょう。そうしたらもう、自由に出来るのなんて四時間から七時間くらい」 「……改めて考えてみると思ってる以上に少ねえな」 「わたしも今、自分で言いながらびっくりした」
二人揃って無秩序にちかちかと瞬くものが散らばる紺色を眺めながら歩く。俺の息も、名前の息も、白く溢れては消えていく。
二人分の消えていくそれをぼんやりと捉えながらあと半日、十二時間もすれば朝練のために布団の中から出ようと格闘しているのかと思い、なんとも言い難い感覚を覚えた。いつものことではある、そして当たり前のことだけれど、そのときにすぐ側――こうして手を繋いで戯れるようにぎゅっぎゅと力を込められる位置――に名前がいないことが、ひどく、不思議だった。
ぎゅう、とそれまでよりも少し強く力を込める。
「今日みたいにお休みの日はこうして会えるけど、それでも一日の半分も一緒にいられないんだよね」 「あー……まあ、精々七、八時間がいいとこだべ」 「学校にいるのと変わらないくらいなのにね。半分より少ないくらいだったなあ」
明日は学校かあ、と溜め息混じりのその声にそうだなと同じく溜め息を混ぜて答える。
整理するように溢された言葉の意味は、至極簡単なもので。それでも結局のところ明日も明後日も一日は、きっかり二十四時間なのだ。
あと十二時間と少しすれば、こいつも布団の中から出ようと格闘するのだろう。そのときに、俺が隣にいないことに不思議だと思うのだろうか。それとも、そんなことを思えないくらいに寝ぼけているのだろうか。ああ、そっちの方がこいつらしいかもしれない。
頭の中で起き抜けの間抜けな表情の彼女が体を起こして伸びをする。易々と浮かぶその様にふ、と口元を緩ませると、ぷに、と柔らかな布越しに頬をつつかれた。
「なーに笑ってるの」 「ん? いや、なんつーか……」
深い紺色から視線を落とせば、更に深い色の瞳が俺を見つめている。 ちかちかと、瞬くそれは唇の届く距離で、暖かい。
「要はあれだろ、何があろうがなかろうが、もっと俺で満たされたいっつー話だろ。って思って」
口の端を上げてそう溢すと、名前は少し照れたように笑いながら口を開いた。 薄い、ピンク色の唇を。
満たされてないのは あなたも一緒でしょう (触れられる距離を) (許されて、いるからこそ) |
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