Hand



目を覚ましたときには、起きたかった予定時間よりも1時間程遅かった。

慌ててベッドから飛び起きてカーテンを開けると、外は充分に明るかった。
普段は目覚めが悪いにも関わらず、今日ばかりは特別だとばかりに目覚めが良い。最初の驚きのせいか頭がすっきりしているのだ。何故起きることが出来なかったのか、自分を問い詰めたくなる。しかし時間はない。今日は幼馴染みで恋人でもある彼とデートなのである。


身支度を始めてから少しした頃。唐突に、お姉ちゃん?とドアの向こうから声がした。
それと同時にドアが開く。

「お姉ちゃん、何やってるの?今日部活は…」
「休み!だからちょっと邪魔しないで!」

乱入してきた妹はしっかりと身支度を整えていた。化粧をする私をちらりと見て、納得したように息をつく。

「あ、涼太くんとデートなんだ」
「そうだから、邪魔しないで!お願いだから」

メイクを終えて確認すると、そこには普段とは少し変わった自分がいた。涼太の好きなナチュラルメイクだ。私もあまりけばけばしいのは好きではないから丁度良いと思っている。

「化粧って凄いねー。…あ、」

妹の言葉が途切れるのと同時に、妹の後ろから見慣れた姿が見えた。

「おはよう、名前」
「涼太…!」
「あれ、まだ着替えてないんスね」

涼太のいう通り、私はまだ部屋着のままだった。昨日の夜にどうしても決められず、明日の朝…つまり今朝に持ち越したのである。
彼はモデルというだけあって、ばっちりと決めていた。もちろん変装のためのサングラスと帽子は彼の手の中だ。

涼太が部屋の中に入ってきたのを合図に、妹は部屋から出ていった。

「まだ決まってないんスか?」

その言葉と同時に、涼太がベッドに乗せられた数着の服を見やる。
ピンクのスカート、白のブラウス、彼に贈られた黄色のシフォンワンピース。どれもお気に入りで、モデルの彼女であるからには外せない流行りものである。

「昨日の夜決めようと思ったんだけど、決められなくて…」
「…じゃあ、俺が決めていい?」
「え?いいけど…」

涼太に許可を出すと、彼は俄然いきいきとしはじめた。まるで何がどこにあるのかわかっているかのように、私のクローゼットから服や小物を出す。
次々とコーディネートを考えるその様子は手慣れたもので、私は安心して任せることにした。

持っていく荷物のチェックを終えると、ちょうど涼太も終わったようだった。

「名前、決まったっス!」
「どれにしたの?」

涼太の向こう側のベッドを覗くと、予想していた通り、黄色のワンピースがあった。季節に合わせた小物も置いてあり、ほとんどが彼の贈り物である。

「俺が贈ったやつ。やっぱりデートだったらそれが一番だと思って。名前、一応着てみてよ」
「わかった。ちょっと涼太出てくれる?」

私の言葉通り涼太が部屋から出たのを確認して、私は着替え始めた。着替え終わり、部屋に呼ぶ。

「どう?」
「似合ってるっスよ!…じゃ、これを…」

そう言って、涼太はベッドに置いてあったネックレスを手に取った。私に後ろを向くよう指示して、後ろ髪を横に流す。そのときに涼太の手が私の首に触れて、体が一瞬震えた。
彼はそれに気づいた様子はなく、留め具をつけた。そして鏡を私に見えるようにしてくれる。鏡の中の私の胸元では、シルバーのネックレスがきらりと輝いていた。

「これでばっちりかな」
「ありがとう、涼太」
「どういたしまして。じゃ、行きますか!」

涼太の言葉に頷き、鞄を手に取る。今日はどこに行くのだろうとわくわくした。


靴を履いて玄関を出ると、先に出ていた涼太は眩しそうに空を見つめていた。私が出てきたことに気づくと、手を差し出す。

「さあどうぞ、お姫さま」
「ありがとう、王子さま」

自分たちの言葉に二人でくすくすと笑う。
私は涼太の手に自分の手を重ねた。

太陽の光を浴びて、彼はきらきらと輝いてみえた。




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