Sweet



「私、ミルフィーユって嫌いなんだよね。」

驚いたように目を大きくさせた辰也は、いつもより少しだけ可愛く見える。

昼下がり、珍しくオフだった辰也を連れ、お気に入りのケーキ屋に訪れていた。

市内にケーキ屋は数あれど、店内で食べれるところなんて数える程しかない。

そのため、私達は1時間に1、2本しかこないバスに乗り、市街地の方まで出向いたのだ。

「…どういう意味?」

辰也は、私と美味しそうなミルフィーユを見比べてから首を傾げた。

このミルフィーユは正真正銘、先ほど私が注文したものだ。

柔らかい色の蛍光灯の光を受けて、苺が輝く。

「んー?」

私はどうやって食べようか、とくるくるお皿を回しながら思案する。

さっきから辰也の目線が痛い。

私はミルフィーユを回すのを止め、少し大袈裟にため息をついた。

「ミルフィーユの作り方って知ってる?」

私が問いかけると、辰也は少し思考を巡らせて思い出したように手を叩いた。

「前にアツシが言ってたよ。」

あぁ、あの紫の大きい子か…と頭の片隅でぼんやりとシルエットを浮かべながら私は口を開いた。

「ミルフィーユってさ、何回も生地を畳んで、重ねて、また畳んで、重ねて…
そうやって手間をかけて作ったのにさ、簡単に崩れちゃうじゃん。」

私は、サクサクであろうパイ生地にフォークを置いた。

「こんな風に。」

ぐちゃり、とフォーク越しにクリームが潰れる感覚が伝わる。

脆いそれは簡単に崩れ、もう一度フォークに力を加えればまたバラバラになってしまう。

クリームもパイも全部ない交ぜになっていって、それを見つめたら無性に泣きそうになって、大きく息を吸った。

「あーあ。」

震える声が零れ、思わず苦い笑いが浮かぶ。

ボロボロになったミルフィーユは無惨で、唯一形を保った苺だけが酷く美しく見えた。

「いつか、こうなっちゃうのかな。」

辰也は驚きと悲しさがない交ぜになった表情で、それを見つめていた。

首に掛けたリングがキラリと輝く。

「どうしたの辰也、心当たりでもあるの?」

「意地悪だなぁ…」

少しぎこちなく笑った辰也は、フォークを持ったままの私の右手を両手で包んだ。

二人分の温度が擽ったい。

「そうなったら、また一緒に重ね直そう。」

そうやって、アンタはまた綺麗に笑う。

それがとてつもなく難しい事を知っているはずなのに。

「そうだね。」

鮮やかな赤に、私はフォークを突き刺した。



センチメンタルラブ


すぐに壊れて、元には戻らないのに




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