▼Sweet 幸せだなあ ぽつり、呟いた私の声はキッチンにいる彼には届かなかったようで、「なんか言ったか?」と声をかけられる。エプロンが似合う大男なんて彼ぐらいだろうなあ、なんて考えて、小さく笑った。 「なんでもないよ、大我」 「…ならいいけど」 大我はそれ以上言及することはなく、作業を再開した。そんなだから、黒子くんに女心を諭されちゃうんだよ。でも私は突き詰められない方が嬉しい。たとえそれが相手に聞こえてほしかったことだったとしても、だ。私にとって彼の傍はとても居心地がいい。 「お前、暇じゃねえの?料理できるまでまだ時間あるし、なんかやってていいんだぜ?」 「あー、ごめんね。私、料理苦手だから手伝ってあげられなくて」 「や、それはいいんだけど…」 答えになってない、ってそう言いたそうな表情。でも彼は言わない。そういう男なのだ。 「料理してる大我、カッコいいんだもん。見てて飽きないよ!だから全然、暇じゃない」 「…そーゆーこと言うなって」 「あ、照れちゃった?」 「うるせー!」 アッチェレランド。大我の奏でる包丁の音が速くなる。私の心臓も同じくらい速く動いていることは、秘密。 大我は不器用だけど、器用な奴だ。手の凝ったキャラ弁も完璧に作り上げてしまうし、最近は左手でご飯が食べられるようになったらしい。 彼が器用だ、というのは手のことだけじゃなくて。 ぶっきらぼうな言動、照れ隠しの仕方。ぜんぶぜんぶ、器用に私の心をかき回す。 「なにぼーっとしてんだよ。食うぞ!」 貴方のことを考えてました、って言ったら、どんな顔するのかな。そう思いながらも、大我手作りのレストラン顔負けのディナーを前にした私は、口に出す余裕なんてなくて。 「美味しそう!さっすが大我!!」 「おう!名付けて“大我スペシャル”だ!!」 「…前も“大我スペシャル”って名前付けてたよね?」 「あれ?そうだったか。うーん、じゃあ“大我スペシャル2号”?いや、つまんねえな」 変なところにこだわるやつだ。まるで、こどもみたい。彼はおとなになっても、こころは少年のままのような、そんな気がする。きっと、そうだ。というか、そうであってほしい。私の好きな、大我のままでいてほしい。…なんて、わがままだろうか。 「じゃあ、大我が私のために作ってくれた料理はぜんぶ“大我スペシャル”ってことで!冷める前に食べよ!」 本当に幸せだなあ、と思いながら、サーモンのテリーヌを咀嚼する。 ぽつり、ひとりごと。 「…幸せだなあ」 大我が私のこころを一字も違わずに言ってみせるものだから、私は思わず口元を緩ませた。大好きなひととおんなじ時間を、おんなじ気持ちを共有できる私は幸せ者だ。 「甘ったるいねえ」 きっと食後には、大我が作ってくれたチョコレートケーキが待っているのだろう。ちょっとビターなそれは、甘いものが苦手な私のため。 でもこの幸せな甘さは、嫌いじゃない。 「今に始まったことじゃねーだろ」 「…まったく、私にはもったいないくらいだよ」 たとえばこんな日常が、ずっとずっと続くのなら、幸せすぎて。 back |