Sweet



幸せだなあ

ぽつり、呟いた私の声はキッチンにいる彼には届かなかったようで、「なんか言ったか?」と声をかけられる。エプロンが似合う大男なんて彼ぐらいだろうなあ、なんて考えて、小さく笑った。

「なんでもないよ、大我」

「…ならいいけど」

大我はそれ以上言及することはなく、作業を再開した。そんなだから、黒子くんに女心を諭されちゃうんだよ。でも私は突き詰められない方が嬉しい。たとえそれが相手に聞こえてほしかったことだったとしても、だ。私にとって彼の傍はとても居心地がいい。

「お前、暇じゃねえの?料理できるまでまだ時間あるし、なんかやってていいんだぜ?」

「あー、ごめんね。私、料理苦手だから手伝ってあげられなくて」

「や、それはいいんだけど…」

答えになってない、ってそう言いたそうな表情。でも彼は言わない。そういう男なのだ。

「料理してる大我、カッコいいんだもん。見てて飽きないよ!だから全然、暇じゃない」

「…そーゆーこと言うなって」

「あ、照れちゃった?」

「うるせー!」

アッチェレランド。大我の奏でる包丁の音が速くなる。私の心臓も同じくらい速く動いていることは、秘密。

大我は不器用だけど、器用な奴だ。手の凝ったキャラ弁も完璧に作り上げてしまうし、最近は左手でご飯が食べられるようになったらしい。
彼が器用だ、というのは手のことだけじゃなくて。
ぶっきらぼうな言動、照れ隠しの仕方。ぜんぶぜんぶ、器用に私の心をかき回す。

「なにぼーっとしてんだよ。食うぞ!」

貴方のことを考えてました、って言ったら、どんな顔するのかな。そう思いながらも、大我手作りのレストラン顔負けのディナーを前にした私は、口に出す余裕なんてなくて。

「美味しそう!さっすが大我!!」

「おう!名付けて“大我スペシャル”だ!!」

「…前も“大我スペシャル”って名前付けてたよね?」

「あれ?そうだったか。うーん、じゃあ“大我スペシャル2号”?いや、つまんねえな」

変なところにこだわるやつだ。まるで、こどもみたい。彼はおとなになっても、こころは少年のままのような、そんな気がする。きっと、そうだ。というか、そうであってほしい。私の好きな、大我のままでいてほしい。…なんて、わがままだろうか。

「じゃあ、大我が私のために作ってくれた料理はぜんぶ“大我スペシャル”ってことで!冷める前に食べよ!」

本当に幸せだなあ、と思いながら、サーモンのテリーヌを咀嚼する。
ぽつり、ひとりごと。

「…幸せだなあ」

大我が私のこころを一字も違わずに言ってみせるものだから、私は思わず口元を緩ませた。大好きなひととおんなじ時間を、おんなじ気持ちを共有できる私は幸せ者だ。

「甘ったるいねえ」

きっと食後には、大我が作ってくれたチョコレートケーキが待っているのだろう。ちょっとビターなそれは、甘いものが苦手な私のため。
でもこの幸せな甘さは、嫌いじゃない。

「今に始まったことじゃねーだろ」

「…まったく、私にはもったいないくらいだよ」

たとえばこんな日常が、ずっとずっと続くのなら、幸せすぎて。




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