Friend



さらさらと指通りのいい桃色の髪を梳く。椅子に座ってわたしに髪を任せているさつきは、鼻歌なんかを歌いながら雑誌を捲っている。

一通りとかしたところで口を開いた。


「今日はどうする?」
「んー……じゃあ、これ!」
「はいはーい」


さつきが指を指したのはヘアアレンジのページの中の、ロングヘア用のコーナー。編み込みカチューシャを携えふんわりと巻いた髪で可愛らしく微笑むモデルをちらりと眺め、サイドを残して手首に止めていたシュシュで桃色の髪を結んでまとめる。コンセントに差し込んだコテのスイッチを入れ温度を設定し、それからさつきの横に回った。

猫のようにぱちりとした瞳がわたしを見つめる。なに、と尋ねればなんでもないとふにゃりと目元が緩んだ。


一房ずつ少なめにすくった桃色をざっくりと裏に編み込んでいく。交差して、すくって、また交差して、すくって。あみあみと出来上がっていく様を見ているらしく、鏡を覗いたさつきが感嘆の声を上げる。


「名前って器用だよね。いっつも思うけど、なんでそんなに早く編めるの?」
「慣れじゃない?」
「でも名前はそんなに編み込みしないよね」
「長い方が楽しいんだもん、編んでて」


話しながらさくさくと片側を終え、先をピンで止め反対側に回る。同じようにあみあみさくさくと桃色の裏編みを拵えながら、ふ、と笑った。さつきが見よう見まねでわたしの髪で拵えた編み込みを思い出したのだ。


「さつきの編み込みは芸術的だったよね〜」
「だ、だってそんな編み込みなんて普段しないもん」
「せっかく似合うのに」
「……名前がしてくれるから、いいのっ」


頬を膨らませ拗ねるさつきにくすくす笑いながら、反対側も同様に編み終え毛先をピンで止める。ざっくりとした編み込みを両側に携えたさつきは、それだけでもなんだか可愛らしい。


ピンだのブラシだのを置いた机を前にずらし、さつきの向かいに回る。二本の編み込みを頭の上に引き上げ交差させたるまないようにとりあえずとクリップで留めると、髪よりももう少しほんのりと色付いた唇が開いた。


「できた?」
「まだちゃんと止めてないよ、動かないで」
「むー……だって、鏡見えないんだもん」


顔を上げようとするさつきを制しピンで頭の真上に編み込みを固定していく。次いで耳元の浮いている部分、それから編み込みの中間部分。たるまないように髪を軽く引っ張りながら止めていると、さつきが軽く身を捩った。


「ごめん、痛かった?」
「ううん大丈夫。ちょっと擽ったかっただけ」
「ああ、耳?」
「ふあ、だから擽ったいってば……!」


引っ張っていた手が編み込みの先を押して、耳にちょんちょんと触れていたらしい。毛先を摘んで耳の縁を撫でると、さつきは長い睫毛を震わせて笑った。


悪ふざけをした毛先をくるくると丸めてしまい込み固定すれば、編み込みカチューシャは完成。ちらりと机の上に目をやれば、コテもすっかり温まっていた。


再び後ろに回る前に、開いたままの鏡をパタンと折り畳む。えー、と不満そうに声を上げるさつきを見下ろして笑いながら、さらりと前髪を撫でた。


「出来上がってからのお楽しみ、ね?」
「……はあい」


髪よりももう少しほんのりと色付いた唇を尖らせながらも頷いたさつきに、やっぱり笑いながらコテをとった。



心配しなくても、今よりもっと、誰より可愛くしてあげるから。




なるフロイライン
(この指先は彼女のために)





「……ここ、部室だよな?」
「そうですよ?」
「あれ、諏佐さんどうかしました?」


がちゃん、とドアの開く音が聞こえくるくると内に外に螺旋を描いた桃色から視線を上げると諏佐さんが不思議そうな顔をして立っていた。さつきの声に忘れ物だ、と答えた諏佐さんはそのまま自分のロッカーへ直行し中を探り始めたので特に気にせず再び桃色へと視線を戻す。

がたん、とロッカーの閉まる音が聞こえたのですぐに見つかったんだなあとぼんやりと思いながら残り少なくなったまっすぐなままの桃色をコテに巻き付けた。


「悪い、邪魔したな」
「いえいえ〜。お疲れさまです」
「お疲れさまでーす」
「ああ……桃井、可愛くしてもらって良かったな」


ぽろ、とただ溢れたようなその言葉にさつきがはにかむ。髪よりももう少しほんのりと色付いた唇を緩ませて。


「……あげませんよ」
「わかってるよ。じゃ、お疲れ」


軽い苦笑を残して入ってきたときと同じようにがちゃん、と音を立てていなくなった諏佐さんを見送って、さつきの方を見ればさつきも同じように見送っていたらしく。
少し遅れてわたしを見上げた猫のようにぱちりとした瞳と目を合わせて、それから二人してくすくすと笑った。


「わかってるよ、だって」
「だってー」


コテから外した桃色は、くるん、と螺旋を描いていた。





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