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「花宮君!」


来た、というか、まあ試合中からずっと気付いていたんだが。
俺は気怠げに振り返り、背後からの声の主を改めて確認して、それから


「ちっ」


大きな舌打ちを漏らした。
しかしそんな舌打ちなかったみたいににっこり笑って、そいつは俺に駆け寄って来る。すげえ顔を歪めているつもりだが、こいつには伝わってないんだろうか。


「今日もすごくかっこよかったよ!やっぱり花宮君が1番、バスケ上手だね!」
「うぜえ、当たり前のこと言ってんじゃねえよ」
「だってだって!何回見ても花宮君が1番かっこいいんだもん!この興奮が抑えられなくて!」


試合後の最早恒例行事になっているこのバカの感想タイムに、部員たちが生ぬるい笑みを浮かべて通り過ぎて行く。なんかムカつくからとりあえずザキだけその腹に一発食らわせといた。


もう思い出すのもかったるい、一年の試合からこいつはこうやってしていたように思う。委員会で猫を被る俺にまんまと引っかかり、試合まで見に来て、控え室から出るタイミングで待ち構えている。大体言うことは同じ、かっこいいだの上手だの、最高だのヤバイだの馬鹿な女のそれだ。

初めの頃はそれなりに相手にしていたのだが、調子付いたこいつが学校でも尻尾を振り出したその頃、いい加減面倒になって本性を見せてやった。つまるところ、うっとおしいから消えろというのをもっと辛辣な言葉で伝えたのだが この馬鹿にはそんな悪態は全く通用せず、むしろ


「ありがとう花宮君!やっと本当の花宮君に会えたよ!あたしのことも、仲良しって思ってくれたんだよね!」


なーんてほざいて俺をブチ切れさせたのはもう二年も前の話だ。
それからもせっせせっせと俺に話しかけ、絡み、罵られ、蔑まれを繰り返しながらも このバカは俺から離れようとしなかった。


「つーか試合中にうぜえんだよ、あんな大声だしてんのてめーだけだバァカ」
「え、聞こえた!?だって花宮くんのバスケやってる姿かっこいいんだもん!しょうがないよ!むしろ皆がどうしてあんなに落ち着いてられるのかが不思議なくらいだもん!」
「覚えとけお前がおかしいだけだ。」


全員が控え室を出て、忘れ物がなかったかを確認して俺は渋々そいつと並んで出口にむかう。流石キャプテンだね!偉いね、かっこいい!とかなんとか騒いでるが、華麗に無視してやった。
しかし、相変わらずこのバカめげる様子がない。


「今日はこのまま帰るの?」
「一試合しかしてねえんだ、学校で練習するに決まってんだろーが」
「あ、そっかそっか!明日も試合だもんね!また来るからね!」
「うぜえからもう来んな。」
「明日は差し入れ持って来るから!」
「俺の声聞こえてねーのかテメーの耳には」


失礼な、ちゃんと聞いてるよ!と頬を膨らませたソイツを確認したその頃だ。前から歩いて来るジャージ姿の男が目についた。先ほどまで隣のコートで試合をしてた、無名高の選手だ。明らかに、俺を、いや、俺の後ろのこの女を見てる。
徐々に近付き、その表情に全てを悟った。少し緊張したようなそれは、明らかに色恋に踊るものだった。

すれ違うその瞬間、「あの、」と思い切ったような声でバカ女を呼び止めた。


「え、」
「ちょっとだけ、いいですか」


関係ねえから俺は歩みを止めないが、どうやら呼び止められて俺に付きまとう女は足を止めたようだった。ちらりと顔だけ振り返ると、もうそいつの目は男にだけ向けられていて。なんとなくイラついて大きく舌打ちしてしまう。面白くねえ。そんな奴にかまってんじゃねえよ。


まだ人の多いその廊下で、「好きです」なんてワードだけがやけに耳に残ったその瞬間
俺は駆け出し、男から手紙を受け取る前のソイツの手首を強く引いた。


「離れんじゃねえ!おいてくぞ、バァカ!」


馬鹿でもいいもん大好きだもん
(迎えに来てくれたの?!そんな優しいところが大好きだよ!)
(あーうぜえ、なんにもわかってねえとこがまたうぜえ)





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