▼Friend 高校生になって、何かが足りないと、そう思うようになった。心にぽっかりと穴が開いたような。使い古された表現かもしれないが、まさにそれなのだ。ああ、そういうことか、と納得できたのはつい最近のこと。 私には1人、幼なじみがいる。なまえは高尾和成。 幼稚園の頃の彼は“泣き虫”だった。幼稚園では小さなことで毎日のように泣いては、先生を困らせていたっけ。 「かずなり、もう泣かないの」 「だって、だってぇ…」 「ほら、だいじょうぶだから。いっしょにあそぼ!」 「…うん!」 私の“だいじょうぶ”は魔法のことばだった。和成は、私のこの一言で絶対に泣きやむのだ。この頃は、私は和成のお姉ちゃんのような存在であると、そう思っていた。 小学校に入学した私たち。家が近かったので、2人で登下校していた。 「かずなり、みて」 「あ、ねこだ。かわいーな!」 帰り道、公園で見つけたのはダンボール箱の中にうずくまる小さな生き物。白と黒と薄い茶色の三毛猫であったことは、今でも鮮明に思い出せる。 「ひとりでかわいそうだね。…そうだ!私が、この子のママになってあげればいいんだっ」 「じゃあ、オレはパパ!」 このことは、2人だけのひみつだからな。 和成は真剣な顔で口の前に人差し指を立てた。そしてその指を離すと、からりと笑った。 「てことは、オレたちは“フーフ”なんだな!」 「“フーフ”って、なあに?」 「けっこん、だよ」 「けっこんは大きくならないとできないって、ママが言ってたよ」 「うーん、そうなのか。じゃあ、大きくなったらけっこんしよう!な?」 幼さゆえの、約束だった。私はなんて答えたんだっけ。きっと、満面の笑みで頷いたんだろうな。 中学校に入学すると、さすがに2人で登下校することは無くなった。しかし何の偶然か、幼稚園の三年間と小学校6年間、ずっと同じクラスだったのに加え、中1でもまた同じクラスになった。 「ちょっと和成!昨日貸した油性ペン、返してよ!!」 「え?オレちゃんと返し……あ。ごめん。間違えて自分のペンケースに入れてたわ」 私たちは今までと変わらず、だった。友達には「付き合ってるの?」と聞かれたり、クラスの男子には「高尾夫婦」とからかわれたり。 「違うから」と答えた私と和成の声がハモると、「仲良しだね」と言われて。まあ、仲が良いのは否定しなかったけれど。 変わったことといえば、和成が中学生になって「カッコいい」と、ちやほやされるようになり、やたらモテるようになったこと。たしかに声変わりもしたし、バスケ部に入部して背も伸びたし、モテ男子街道まっしぐらだったといえば、そうだったのかもしれない。 私は和成と過ごした時間が長すぎたからか、彼のことを“カッコいい”と思ったことは一度もないのだが。 そんな中学校の3年間は、足早に駆け抜けていった。 “なんだかんだで12年間、同じクラスだったな。今までありがとう。楽しかったぜ!高校は違うけど、お互い頑張ろう!!” 和成は、私の卒業アルバムの寄せ書きページをまるまる1ページ奪っていった。彼のメッセージは私の中にしっかりと刻み込まれた。それは、何も見なくてもそらで言えるくらいに。 あっという間にやってきた、卒業式。実はこの日が、和成とのお別れの日だった。私は家庭の事情で引っ越さなければならなかったのだ。 「お前はオレの大事な幼なじみだよ」と、和成は泣きじゃくる私の頭を撫でてくれた。 「私、泣き虫和成のお姉ちゃんだったはずなのになぁ」 「今日くらいは、和成くんが泣き虫お姉ちゃんを慰めてやらねーとな!」 今日くらいは、か。それはまるで“これでおしまい”という意味が含まれているように感じてしまい、ますます涙が溢れたのだった。 ―高校生になって得たものと失ったもの、どちらが多いか。 そう聞かれたら、得たものと答えるが、どちらが“大きいか”と聞かれたら、失ったものと答えるだろう。 隣にいるのが当たり前だった和成の存在は、それほどに大きかったのだと、彼の傍を離れてはじめて気づいた。 和成のことは、好きか嫌いかで言ったら、もちろん好きだった。しかしそれは恋愛の“好き”ではないと、“love”ではなく“like”だと、そう思っていた。 それが、違かったのだと気づいた。…違う。気づいたんじゃない。“思い出した”んだ。 「すきっ…すきだよ、和成」 ひとりきりの部屋に情けなく響く告白。 私はずっと、素直じゃなかった。正確にいうと、和成と過ごす日々を重ねるごとに素直じゃなくなっていった。 私は、自分の気持ちに気づかないフリをしていた。そしていつしか、忘れてしまっていたのだ。 和成への、恋心を。 「高校が別々になったって、幼なじみの絆は変わんねーって。な?」 和成は別れ際に、そう言った。 ねぇ和成。それはどういう意味なの?離れていても繋がっているって意味?それとも、それは赤い糸には絶対にならないって意味? …そんなの、どっちでもいい。 繋がる糸なら何色だっていいの。 |