短編 | ナノ

続・提督の弟とその姉

「…………帰ってこないなぁ」
「帰ってこないね……」

 前回までのあらすじ!
 こんにちは、私審神者の姉! 審神者ことマイブラザーが提督業もやってるんだけどどうやらかなり忙しいみたいだから無職の姉に代理役として白羽の矢が立っちゃった! 最初は短期間の審神者代行だったはずなんだけど、気がついたら半年近く私が審神者として本丸に滞在中という事態になってるの☆ 意味わかんない☆ 弟海に沈んだのかな? って感じ☆ むしろ沈め☆

「別に私は無職じゃないよ!!!」
「主のお姉さま、いきなり叫んだりしてどうかしたのかい?」
「ハッ……なんでもない。元気だから大丈夫だよ。ただ、なんだか私の心の声を捏造されていた気がして……そんなにきゃらっとした喋りじゃないし、働いてるし」
「どうしよう、お姉さまがご乱心みたいだ。三振り目の僕、床を整えておいてくれるかい」
「そうだね、幻聴に効きそうなお茶も淹れておくよ。じゃあ僕は一旦退室するね」
「正常だっつってんだろ。ていうかそんなお茶あんの……?」

 部屋を出て行く三振り目の背中を見つめながら、私はぽつりと呟く。

「本当に? でも一回寝ておいたほうがいいんじゃないかな」
「まぁ私の頭の正常さはともかく、昨日も徹夜してるからね……」

 私はあくびを噛み殺しながら二振り目の燭台切に返事をする。
 この本丸に来てからというもの、ぐっすりと寝れることがあまりなくなった。慣れない環境であることに加え、地味に仕事が多いのである。こんなに仕事量があるとか知っていたら代理なんて引き受けなかった。あの弟め、何が引きこもっていれば刀剣男士たちがなんとかしてくれる職場だ。もしかしたら弟は引きこもっていて仕事をしていなかったのかもしれない。
 それはさておいて、審神者業の主な仕事内容は出陣記録の管理、遠征における獲得資源量の報告、鍛刀・敵方より鹵獲した刀剣の管理……などである。そこまで複雑な事務作業もないが、慣れていない私にとっては1日でこなせないほどの仕事が重なる日もあった。
 そして何よりも大変なのが――。

「主の姉上、今大丈夫かな?」
「……えっと…………四振り目の燭台切?」
「あっ、よくわかったね! ありがとう、姉上はもしかしたら主よりも見分けるのが上手かもしれないね」
「いや……それはどうだろう」

 このように、同じ刀剣男士を間違えないようにすることである。そう、この本丸には燭台切光忠がなんと五振りもいるのだ。しかも見た目では見分けがつかない。弟は何を思って燭台切光忠ばかりを顕現させたのかわからないし、彼奴も見分けがついていたのか疑問が残るところだ。せめて服装をちょっと変えさせるとかしておけばいいのに、本当に何から何まで全部同じなので――彼らに言わせれば髪のセットがうまくいっていない日もあるらしい――ここに来たときはどうしたらいいんだと途方に暮れたものである。
 が、実は彼らは中身まで全て同じというわけではなかった。少しだけだが、確実な違いがあるのだ。

「それで四振り目燭台切、何かあった?」
「うん、主から手紙が届いてね」
「あっ、あの愚弟やっと連絡寄越したの!?」
「愚弟なんて……そうみたいだね。帰ってきたら姉上に心配掛けたらだめだよ、って叱っておかないとね」

 四振り目は困ったように優しげな笑顔を浮かべているが、私は申し訳無さを感じながらめ息をついた。そんなことは言わず全力で責めてやってほしいくらいだ。

「はぁ……それよりも君らに謝るべきだよね。本丸の主なのにずっと不在なんだから……」
「本当にそうだよね。それでお姉さま、何が書いてあった?」
「ちょっと待ってね……えーっとなになに」

 四振り目とは違い少し不満そうな二振り目が急かしてくるので、私は手紙を確認する。
 ――という具合に、燭台切たちは全員私の呼び方が少しずつ違う。私への配慮として意図して変えてくれているのかもしれない。それにしても『お姉さま』だったり『姉上』だったりとあまり慣れない呼ばれ方をすると未だにこそばゆいので、もっと他の見分け方を採用してほしかった。性格も少しだけ違う個体がいるが、基本的には同じだ。
 手紙の封を切ると、左右から燭台切に挟まれ、手元を覗き込まれる。両手に眼帯美青年。そんなくだらないことを考えつつ、私は折りたたまれていた便箋を広げる。
 弟からの手紙には、こう書かれていた。



 お姉ちゃんへ

 お久しぶりです。そちらは元気ですか?
 ごめん、多分元気じゃない上にかなり大変だよね。俺がそっちに帰ったらお姉ちゃんはまず三発くらい俺の鎖骨を殴ってくると思うけど、手紙の退屈なあいさつの定型文ということで許してほしい。

 たくさん書きたいことがあるから、とりあえず本題に入るよ。こっちの戦況なんだけど、もうなんかヤバイ。ヤバイってレベルじゃないんだ。深海棲艦がめちゃくちゃ攻めてきてるんだ。総力戦ってくらい。そろそろ本土上陸されるかもしれないってくらい。もう手紙でこんなノリになっちゃうくらいなんだ。くらいを連発しちゃうくらいなんだ。逆に笑えてきたよ。兵站がもう尽きそうだけど、なんとかやりくりして食いつないでる。戦艦と空母のみんなが食べるのをかなり控えるくらいにはヤバイんだ。彼女ら結構な大食いなんだけどな。お陰でひもじい思いをしててすごいかわいそうだよ。例えるなら籠城戦でジリ貧、いや極貧生活って感じかな? 出撃しっぱなしだから鎮守府に籠もってるわけではないんだけどね。とにかく相当厳しい状況だ。
 すごい読みにくくてごめんな。だからちょっと、しばらく帰れそうにない、と思う。あと俺秘書艦とケッコンしたからしばらく帰りたくない。極貧ながらも新婚生活が楽しい。俺の嫁がこんなにかわいいんだ。写真同封しとくから見てくれ。お姉ちゃんの10倍カワイイから見てくれ。とにかく、今は負けられない戦いをしてる。だから帰れないんだ。
 けど、本丸を捨てるわけにもいかない。というわけで申し訳ないんだけど、お姉ちゃんにはあと数年俺の本丸で代理やっててほしい。落ち着いたらすぐにでも帰るから本当ごめんな。ちなみにもう政府にも伝えて手続きしてある。あと、お姉ちゃんが勤めてる会社とお母さんとお父さんにも俺から連絡しといた。お姉ちゃんが住んでた家の大家さんにも伝わってると思う。会社は退職って形になったのかな、多分。でもお金には困らないと思うから、そのへんの心配はしなくていいよ。審神者って給料はいいからさ。そういうわけで本当に申し訳ないけど、頑張ってくれ。
 てがみ、誰かに読ませてくれると嬉しい。俺は生きてるよってことでさ。

 新婚の弟より



「……………………?」
「えっ、主あと数年帰ってこれないのかい……?」
「なるほど、大変そうだね。最初はテイトク、ってことを僕らに隠してたくらいだけど、そうも言ってられなくなったくらいには戦況が厳しいと見るべきだろうね」
「もしかしたら、この手紙を僕らが読むこと自体想定していないんじゃないかな? だからここまで詳しく書いたとか」
「それはあるかもしれないね。姉上に宛てた手紙だし……」
「……あ、でもお姉さまにしばらく代理を任せる旨をみんなに伝える時、何も言わないのは怪しいよね。結局は僕らにも事情を説明することになるし」
「ああ、それは確かにそうだね。何も言わずに帰ってこない、じゃあみんな納得行かないだろうから……」
「…………君たち、めちゃくちゃ呑気に喋ってるけど手紙ちゃんと読んだ?」

 私はゆらりと立ち上がる。二振り目と四振り目はそれを見てきょとんとしている。彼らは他の燭台切に比べて、中身がちょっとだけ幼い寄りな気がしている。謎の個体差だ。顕現した時の環境によって性格も変わるのかもしれない。
 それはともかくとして、私は息を大きく吸って言葉を吐き出した。

「まず数年の代理ってなんだ!? しかも私はいつの間にか退職している!? ていうかこいつ結婚してるし私より10倍カワイイとかこれこの手紙に必要な情報か!?」
「やっぱりお姉さまがご乱心だ、四振り目の僕は一振り目の僕を呼んできて」
「わかったよ」
「わかったよじゃないよクソ!! むしろなんで二振り(ふたり)はそんなに冷静なんだ!」
「……なんというか、主ならやりかねないなって……」
「目、目が遠い。うん、なんかごめん……」

 残った二振り目の目の中には光がなかった。ああ弟よ、お前はここに居た頃から割と皆を振り回していたんだな。姉はそんな弟が迷惑をかけてしまい誠に申し訳ないと謝罪をして回りたい気分だよ。
 いやしかし、こんな事情があろうともそれでも受け入れられない刀は出てくると思うんだけど、それも私にすべて任せるつもりなのだろうか。なんて野郎だ。むしろ私に謝罪をしに来てほしい、というかこんな大事なことなら手紙で伝えずに直接来いよ。……多分、それすらもできないほどに劣勢ということなのだろうが。なんやかんや心配だ。
 それにしても、弟はこんな読みづらい手紙を書くタイプだったろうか。あと最後の一文が謎だし、なんとなく読んでいて違和感も覚える。とりあえずお嫁さんと弟の顔を確認しようと思い写真を見ようとすると、障子がすっと開いた。

「主、僕をお呼びかい?」
「…………私が呼んだわけじゃないけど、はい……」
「あ、一振り目の僕。大変なんだ、主から手紙が来て……」
「ああ、それは道すがら四振り目の僕に聞いたよ。失礼するよ、主」
「……はい」

 そう言うと、入室した一振り目――近侍の燭台切が疲れた目をしている私の手中から優しく手紙をとって広げる。呼んでいくうちに、眉間にはしわが寄っていった。

「…………なるほど、これは由々しき事態だね」
「や、やっぱり近侍の一振り目は真面目だった! そうなんだよ燭台切、ちょっと弟に抗議して――」
「大至急、改めて主の歓迎会の準備をしないと……代理で来てもらったときはささやかなものしか開けなかったからね。ちゃんと主として迎え入れる準備をしよう」
「…………は?」

 何を言ってるんだ、この近侍は。
 私が言葉の意味を理解できず静止していると、近侍の燭台切はてきぱきと指示を出していく。

「二振り目の僕は皆に伝えてきてくれるかな」
「オーケー、歓迎会は今日やるのかい?」
「そうだね、急な話になるけど……できれば就任日の当日がいいだろう?」
「それもそうだね。じゃあお姉さま、また後でね」
「四振り目の僕は遠征中の皆を迎えるために門の前に待機しておいてほしい」
「オーケー。確か今日は全部隊短時間遠征ばかりだよね」
「そうだね。そんなに疲労はないはずだよ」
「それなら大丈夫そうだね。じゃあ姉上、また後で会おうね」
「さて、後は三振り目と五振り目の僕に――」
「いやちょっと待てよ」
 
 私が燭台切の肩をがしりと掴むと、彼はなぜ呼び止められたのか全くわからない、とでも言いたげなきょとんとした顔で首を傾げた。

「どうかしたかい? あ、もしかして料理のリクエストかな。それなら今日は三振り目の僕で、デザートは五振り目の僕が担当だから今から一緒に行って伝えに――」
「いやそうじゃなくて、なんですごく自然に歓迎会の流れになってるんだ」
「審神者としての就任日はちゃんとお祝いしないといけないだろう?」
「いやいやそもそもただの代理だけど!?」

 色々おかしいだろ、とぎゃあぎゃあわめく私を一振り目が一瞥する。――その目に光が無い気がして、私は一瞬たじろいだ。
 にこりと笑みを作り、彼は言う。

「でもね主、代理とは言うけれど……君、帰る場所あるのかい?」
「えっ」
「手紙を読む限り、もう退職扱いだし、ご家族にも話されているんだろう? 『元主』が全部手続きしてくれたみたいだし、特に問題はないんじゃないかな。それに住んでいた家ももう戻る部屋がないみたいな書き方だし……」
「そ、それは帰ってみないとわからないし、何より私は審神者をしたくない……嫌だよこんないきなりなんて」
「……どうして?」
「ど……」

 どうしてもこうしても無い――と、続けようとしてもその先をなんと言ったらいいかわからず言葉に詰まる。突然決まったことだから? 最初は二週間のつもりだったから? 燭台切を見分けるのが面倒だから……? 
 考え込んでいる私を見て、燭台切が笑った。

「別に即答できるほど嫌な理由もないんだろう? じゃあいいじゃないか、ここで僕らと歴史を守っていこうよ」
「え、いやでも、それは……」
「僕は最初からそのつもりだったよ」
「え?」

 燭台切のほうを見ると、今まで見たことが無いくらい屈託のない笑みを作っている。こわい。どこにも恐ろしいと思う要素はないはずなのに、本能的な恐怖を感じる。

「なんとなく、『元主』は帰ってこないのかな、と思ってね。僕は最初から君を主扱いしてたつもりだよ。今度こそ代理なんてよこさない、常に僕らの傍らにいて見守ってくれている主になってほしいなあ、なんて考えながら……君は仕事も頑張っているし、何より僕達のことをちゃんと見分けてくれている。文句のつけようのない主だよ」
「……ど、どうも?」

 なんだか声色がどんどん絡みつくような、重たいものに変わっていく。表情を見たくない。
 思い返してみれば、一振り目だけは最初から私のことを『主』と呼んでいた気がする。いやでもまさか、本当に主になるとは一切考えたことなんて――。

「だからね、今度こそちゃんと僕達の主になってね」
「い、いやで」
「ああ、僕達付喪神に一瞬でも『主』と認識された時点で、君はもうここから逃げられると思わないほうがいいんじゃないかな」
「え……」

 軽い気持ちで引き受けなければよかったのかもしれない。人から少し外れた存在に関わることが、どれだけ危険だったのかをちゃんと認識してから来るべきだったのだろう。
 弟が寄越した手紙の封筒から、同封された写真がぽろりと落ちていた。私はそれに視線を向ける。写っていたのは、どこか生気の消えつつある弟と、確かに私の10倍くらいかわいくて、けどどこか目に妖しい光が灯っているような女の子が――
 
「さあ、みんなに挨拶しに行こう」
 
「一生僕たちの主でいてね」






 拝啓 我が弟へ

 気づくのが遅くなってごめん。お元気ですか。私はちょっとヤバイです。
 弟くんが手紙に縦読み風のメッセージを仕込むタイプだと思っていなかったので、最初はただの手紙かと思いました。違和感を覚えて読み返した時にはもう遅かったです。本当にごめんね。というか、段落ごとの文字だけだとだいぶわかりづらいです。
 それで、ケッコンしたという写真を見ました。だいぶやつれてた上に手を縛られてたみたいな痕がちらっと見えたし、お嫁さんの顔は目のハイライトが消えて死んだような目になっていたというか、俗に言うヤンデレっぽさを感じ取ったのですが無事に生きていますか?
 弟くんはこの本丸に助けを求めたのかもしれないけど、こっちはこっちでとんでもないことになりました。というかむしろこの本丸の方がヤバイかもしれません。そっちの鎮守府よりひどい可能性があります。弟くんがこの本丸に居る間どうしていたのかが非常に気になりますが、今となってはそれはもう訊けないんでしょうね。
 正直この手紙が届くことは無いと思いますが、なんとなく気持ちの整理で書いています。お互い健康に生きて、人間のままで無事に退職しような。

 外に出られないお姉ちゃんより








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