目の前で涙を流す彼の情動は、見えないフィルターで濾されたあとに俺の思考まで届いた。泣いていることはわかる。俺が泣かせたこともわかる。だがここで意思もない謝罪をすれば、安っぽく自分を演じることになる。それは彼の涙を軽んじるのと同じことだと思った。


「お前は自分しか見えていない」

 鼻声で伝えられた言葉は先ほどと同様に濾され薄まり、それを俺が受け取る。付き合いを持った者は皆一貫して同じ台詞を吐いた。
 自分以外の人間の人生というものがフィクションに感じられて仕方がないのだ。フィルターを通して見る自分以外の人間の行動や感情が役者ががっている気がして疲れるのだ。おもしろみもない三流映画は見ているだけで肩が凝る。
 だが俺は俺だけを見つめて利己的に生きているわけではない。限に今時分確かに俺は彼を思ってこころのない謝罪を飲み込んだばかりだ。それは俺の視野の中に彼が入ってる証拠ではないのか。言葉にしなければ彼に伝わらないことばかり。彼の内側を知ることができれば、なんて考えている時点で俺は彼を非現実な存在にしようとしている。内側を知ることができないのなんて至極当たり前のことだ。
 彼の涙は初めてではない。何度も俺が泣かせた。だが何故彼が悲しんでいるのかはわかろうとしなかった。彼は三流映画の俳優ではない。そこに確かに理由はある。なのに俺はそれを液晶に映し出された映像を見るような思いでしか向き合ったことがなかった。それがすでに彼が悲しむ理由なのかもしれない。

 分かり合いたいと言う彼と、彼の内側を知りたいと思う俺。何もおかしいところなどないが、事実ふたりの関係は歪みを見せている。何故か。そんな理由とっくにわかっているのだ。
 フィルターを取っ払おうか。テレビごしに見る人間と分か合えるはずなどないのだから。現実と非現実の境をなくせばノンフィクションもフィクションになれると信じて。



おわり

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