彼は可哀相な人が好きなのだと思った。
 思い出せば出会いは海の中。自殺を図った僕を助けてくれたのが彼だった。彼はこんなことをしてはいけないと言った。死にたいという望みも叶わなかった僕に、彼は強く生きろと言った。強くなれないからこうなったのだと喚けば、彼は一緒に生きようと言った。その場凌ぎの言葉だとしても、その一言は嬉しかった。何しろ僕は独りで呼吸をしていくのに疲れたから海へ潜ったのだ。彼の優しさは枯渇した心に染みた。生きているうちにあなたのような人に会いたかった、まだ生きている、もう死んだようなものです、押し問答を繰り返せば焦れたように腕を引かれた。連れられたのは、海からそう遠くない場所に建つ小さな家。彼の家だった。濡れた体を拭かれながら一緒に住もうと言われた。冗談だろうと笑えば本気だと返された。その日から不思議な共同生活が始まった。

 家の中のことは僕が全てやり、三食と寝床と少しの小遣いが与えられた。彼が何をしている人なのか知らないが、金には不思議と困らなかった。彼は家にいるときはパソコンをいじることが多かったため、そっち関係の仕事なのだとは思う。

 みそ汁がうまいと言われた。
 荒れた庭の手入れをすればありがとうと言われた。
 蒔いた種が芽を出せば楽しみだねと言われた。
 散歩をしていて海が綺麗だと言われた。俺を殺すはずだったその景色は涙が出るほど美しかった。俺はこの美しさからずっと目を背けていた。知らないふりをしていた。でも見てしまった。感じてしまった。人のあたたかさを知ってしまった。独りの寂しさを知ってしまった。もう独りで生きてはいけなくなったと気付いてしまった。涙が出たのは景色のせいだけではなかったかものしれない。

 仕事を始めた。稼いだお金は全て彼に渡した。三食家事寝床つきの生活は変わらずだった。そしてこの曖昧な関係と同居はずっと続くのだと思い疑わなかった。

 ある日帰宅すると見知らぬ少年が彼と一緒に居間にいた。彼は少年を拾ったのだと言った。少年は早くに両親を亡くし、里親には虐待をうけて家を出たらしい。今はウリをして生活していると説明していた。
 彼は僕に家を出ろと言ってきた。お前はもうひとりで生きて行けるけれどこの子は違う、と。馬鹿かと思った。あなたに会ったから僕は独りで生きていけなくなったのだ。今になって見捨てる気なのか。見捨てる?違うな。彼は本気で僕が独りで生きて行けるのだと思っている。それは目の前に僕よりも可哀相な存在がいるからそう思えるのだ。彼は優しい。けれど、可哀相な人間に目移りする残酷な人だ。

 僕は素直に家を出た。目指したのは近場の浜辺。背負ったリュックに手頃な大きさの岩をひとつ詰める。背負うと岩の角ばったところが背中に当たって痛かった。
 この浜辺で膨張した死体を見つける彼の姿を想像した。唇が歪む。岩はそう重くないから腐敗した僕の体は水面に浮かぶだろう。あとは彼がうまく見つけてくれれば良い。そうすれば僕は彼の中でずっと生き続けられる。

 海は冷たいが、水中で見る世界はとても美しかった。


おわり


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