自分の体内を廻る媒体の存在に時折吐き気を覚える。肉体は僕のために存在せず、疑心は精神にまで及ぶ。叔父が僕の姿を見据える度、魂だけを残す個体になりたいと考えていたが、こうなるとそれさえも。


「叔父さんが好きです」
 堪えられなかった。何もかも。叔父の手首に巻かれた父の形見の腕時計も、時折それを撫でる彼の穏やかな手つきも、僕の表面に父の面影を確かめるその視線も、何もかもだ。
 馬鹿なことをした、と後悔するまで時間はかからず、言葉をなくした叔父を見ていられなくて、僕はその場から逃げた。時間稼ぎでしかないことはわかっていたが、しかし一日も空けずに叔父が会いにくることは想像していなかった。

 ドアチェーンの長さ分の隙間から、薄く笑みを浮かべた叔父の姿が見える。
「何の用ですか」
「何の用って……とりあえず、中、入れてよ」
 言われるままチェーンを外して室内へ招く。叔父は絶えず口元に笑みを浮かべていた。
「……余裕ですね。襲いますよ」
「いいよ」
 叔父の本心はどこにあるのか。その軽薄な口調に苛立ちを覚え、軽く睨んでみせたが、彼は喉の奥を震わせて笑うだけだった。
「襲わないのか? 俺が襲ってやろうか」
 言葉遊びの延長のように顔が近付いてくる。不自然さの中で、さも自然であるかのように唇が重なる。お互い目は開けたままだった。叔父の舌が僕の咥内を舐め、唾液が顎をつたう。
 間近にある叔父の瞳を覗けば、その眼球に映りこんだ僕と目があった。叔父もまた、僕に映りこんだ自分を見ているのだろうか。考えてはっとした。
 叔父は、長い間僕に父の姿を重ねていた。そして今度は、自分の叶わなかった未来を重ねている。

 肩を押せば、密着していた体は簡単に離れていく。
「もう終わり?」
 叔父の濡れた唇は劣情を誘うが、それよりも悲しみが勝った。

「終わりにしましょう、こんなこと」
 彼の手首から父の腕時計を取った。叔父は驚いたような顔をしたが、それ以上は何も反応せず、僕の手首にそれが巻かれていくのをただ見ていた。

「忘れましょう。僕も、忘れるから」



 叔父が去った部屋で、ひとり、嗚咽を漏らす。忘れられるわけがないのだ、僕も叔父も。泣いたところで何にもならないのだけど、もう少し悲観に浸っていたい。その間は、精神も肉体も確かに僕のためにある。



おわり

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