友人 | ナノ

 駅前で待つこと5分。耳に届く雑音の端々から繋がらない言葉を拾う。
「気持ち悪い」
 言われなくてもわかってるよ。発する者は言葉の鋭利さに気付かない、なら俺が傷付く意味もないのだ。
 暖かい風に煽られ、シフォンスカートがふわりと舞う。小花柄の可愛らしいそれとは不釣り合いな、骨ばった男のひざ小僧が顔をだした。長髪の巻き毛ウィッグを被ったところで喉仏は隠せないし、柔らかい服を着たって丸みのない体をごまかせはしない。
 背後から肩を捕まれ振り向くと待ち合わせていた相手だった。高校からの付き合いである彼はつい最近眼鏡からコンタクトに変えたせいで、随分と印象が変わった。なんて、変貌した俺が言えた台詞じゃないけれど。

「待った?」
「待ってないよ」
 ありがちなやり取りのあと、俺たちは無言で歩きはじめる。周囲の冷ややかな視線には、互いに気付かないふりをした。
 彼の家に着いて、新しく買ったという洋画のDVDを見て、晩飯をご馳走になり、軽く呑みながらだべって、遅くなる前に帰宅する。テンプレートと化した休日。何も変わらない。俺が異性の格好をしたところで何も変わらない。



「女になりたいのか?」
 聞かれたのはいつのことだったか。初めてスカートを纏った日だったように思う。ということは2年ほど前か。それまでの俺はこんな格好をしようなんて考えたこともなかった。それがどうしてこうなったか。
「君に好かれたいんだよ」
 俺はそれなりの覚悟を持って言った。「俺が女性ならその可能性だってあるだろう?」拒絶や軽蔑への心構えは、彼を好きになったときからとっくに出来ていた。
 しかし、彼は俺の告白をなかったものとしたのだ。聞こえなかった素振りで話題は変えられた。聞き取れなかったはずなどない、しかしもう一度傷付く気力も俺にはなかった。なしとされた告白に返事など返ってくるわけもなく、そのかわり関係の破綻もなかった。
 届いたはずの俺の心は幻となり、しかし諦めることもできず。想いは続いていると暗に女性の装いをやめずにいる。好意をさらけた俺と、友人関係を崩したくない彼。惰性で続く関係に終わりは来るのか。意地になっている。彼も、俺も。違うか、俺だけだ。終わらせ方なんてとっくにわかっている。俺は女性にはなれない。





 寝て起きて疲れて寝て起きて、週末がまたやってくる。 ウチ来る? 行く。二つ返事で俺は自分の家を出た。暖かいと思っていた風も、うなじにあたれば肌寒く感じた。腰のあたりまで下げてはいたデニムは、すんなり身に馴染んでいる。そのことに対する違和感はなく、やはり俺はただ彼に好かれたかっただけのだとひとりで納得をした。
 駅前には見慣れた後ろ姿。近付いて肩を叩いた。
「待った?」
「……」
 返事はない。代わりに彼は痛いほどこちらを見つめていた。俺は微笑を返す。
「もう、やめたのか?」
「……やめたよ。君だって女装する友人なんて嫌だろう」
 自嘲を含めて笑うが、彼が表情を崩すことはなかった。

「……そうじゃなくて、オレを好きでいることをやめたのか?」

 彼は真摯な眼で俺の顔を見つめている。
 聞こえなかったはずの告白はやはりちゃんと届いていた。知らないフリを続けていれば良いのに。友人の見苦しい性癖が直ったとでも思えば良いのに。何を今更。何故、気付くんだ。

「……諦めようと、思ってるんだよ」
 発した言葉は想像していたよりも震えてしまった。「ごめん」聞こえたのは彼の謝罪だった。だらだらと続く関係に俺が折れただけだ。彼が悪いところなど何もない。
 彼の家へ向けて歩く。ふたつ分の男の背中には友情がよく似合う。



おわり

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