いつも通り、ヤナギはふらりと現れた。彼が来る時間はいつもまちまちで、今日は大分日が暮れたころだった。
 目に映る景色は夕焼けに溶け込み、長く伸びている影がだらしなく感じる。ひんやりとした柔い風が木の葉を揺らす。僕とヤナギは窓辺で涼みながら、ぼんやりとその音を聞いていた。


「私、今日は外でご飯すませるから。あんたも今日は適当に晩御飯済ませてね」
 姉ちゃんは帰宅するなり僕にそう言うと、慌しく自分の部屋へ引っ込んだ。それから少しして部屋から出てきた姉ちゃんは、髪の毛を頭のてっぺんでおだんごにして、黒地に朝顔の浮かんだ浴衣を着ていた。
 珍しくめかしこんだ姿に、驚いて目を丸くする。
「どこか行くの?」
「そう。今日、花火大会なのよ」
 姉ちゃんは押し付けるようにそう言い残し、ばたばたと大きな足音を立てて玄関を出て行った。
 もうそんな季節か。とひとりごちていると、横からヤナギが僕の腕をつっついた。
「あおい、花火大会ってなに?」
「空に浮かべた火の粉を見るお祭りだよ。大きな花が咲くみたいで、すごく綺麗なんだよ」
「空に大きい花……」
 ヤナギの大きな瞳が、ぼんやりと空中を見つめている。僕の言った景色を想像しているのだろう。
 思えば、ヤナギはせっかくこうやって姿を変えたというのに、ほとんどの時間をこの庭で過ごしている。それでも彼は退屈していないようだけど、どうせなら、もっと楽しいことをたくさんさせてやりたい。色々なことを経験させてあげたい。
 そのためには、ここから外に出なければいけない。
 つばを飲み込むと、喉の奥のほうが小さく鳴った。
 きっと今日はたくさんの人が花火大会へ出かけている。僕も小学生だったころは毎年家族で出向いていた。会場である川原にはたくさん屋台が出ているから、そこで綿菓子やりんごあめを買ってもらい、それから土手に座って花火を見る。ほとんどの人がそうやってこのイベントを楽しむのだ。
 裏を返すと、川原以外はいつもより人目が少なくなる。
 人ごみを目指すのは無謀かもしれないけれど、町外れの高台へ向かうことくらいはできるかもしれない。あそこなら、空を隠す障害物もないし、きっと花火を見ることができる。隣にヤナギがいれば、大丈夫かもしれない。
「花火、見に行ってみようか?」
 問いかけると、ヤナギは一瞬ぽかんと気の抜けたような顔をしてから、破顔して大きく頷いた。





- 6 -





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -