庭の隅に植えたひまわりが、ついに僕の身長を抜いた。
 夏になると毎年同じ場所に植えているのだけど、ここまで大きくなったのは今年が初めてだ。肺の底のほうから達成感に似たあたたかい感情が溢れ、深い呼吸とともに鼻から抜け出していった。
 大きいものでは三メートルにまでなるというから、もっと茎を伸ばすかもしれない。そう思いながらひまわりを見上げていると、遠くの空に飛行機が飛んでいるのが見えた。
 あそこから見下ろされたら、僕もこのひまわりも、同じくらいちっぽけだ。この、毎日かかさず手入れをしている庭だって、小さなミニチュアのようにしか見えないのだろう。
 そんなことを考え始めると、まるで自分は箱庭の中の一部のように錯覚する。 

「あんた今日もずっと家の中にいたの」

 ウッドデッキの軋む音とともに、よく耳に馴染んだ高い声が聞こえてきた。
 鋭さを含んだその声に、先程まで緩みきっていた体が冷えていく。
 恐る恐る声のした方向へ視線を向けると、やはりというか、そこにいたのはさくら姉ちゃんだった。
 姉ちゃんは、この春買ったばかりのセーラー服に身を包み、僕に向かって仁王立ちしていた。

「ちがう。庭に出てる」
「庭だって家の中よ」

 姉ちゃんの目つきがぐっときつくなる。僕はその視線から逃れるように顔を逸らした。

「あんた来年高校受験でしょ。どうするの」
「こ、高校は、通信制があるし、勉強もしてる」
「通信制ねぇ……いつまでそうやってるつもり? 問題を先送りにしてるだけじゃなんの解決にもならないのよ。父さんや母さんは、好きなようにすればいいって言うだろうけど、それに甘えていたらずっと今のままで成長できないわよ」

 姉ちゃんは淡々とした口調で僕を追い詰めていく。彼女の言葉は正しく、強い芯を持っていて、僕の逃げ道をふさごうとする。

 自分で決めたのなら、そうしなさい。
 きっと両親はそう言う。これまでだってそうだった。
 別に放任されているわけではない。仕事の関係でほとんど海外から戻らない両親は、そのことで僕らに対して後ろめたく思っている。だからそれを相殺するために、僕らの意思を否定せずに甘やかすのだ。
 昔はーーばあちゃんのいたときは、彼女が僕らをがつんと叱ってくれた。ちゃんと正面から向き合ってくれた。
 そうしてくれる人がいなくなった今、僕は許されるまま、家の中にこもっている。
 このままではいけないとは、自分でもわかってる。でも、どうしようもない。他人の声を聞くだけでぞわぞわと全身が毛を逆立たせるし、視線を感じると喉の奥が重くなって呼吸が苦しくなる。どうしようもなく他人が恐ろしい。だから僕は家に閉じこもって、他人から逃げている。
 言い返すこともできずに視線を伏せていると、深いため息が聞こえてきた。居心地の悪さに、背筋が丸まっていく。
 ふと、視界の片隅で紫色の花が揺れた。鉢植えの中のメキシコハナヤナギだった。茎に棘のように細く小ぶりな葉をいくつも生やして、その先端に控えめな紫の花を咲かせている。鉢植えの中でぎゅうぎゅうになって、身を寄せ合うように何本もが背を伸ばしていた。植物でできた噴水のようで、見ているだけで心が安らいでいく。

「……人も、植物みたいだったらいいのに」

 無意識で零れた言葉に、姉ちゃんは呆れたように首をすくめる。馬鹿なことを言ってしまったと後悔しても、もう遅い。

「現実を見なさい」
 姉ちゃんに一蹴され、僕は何も言い返せなかった。



- 1 -


←|


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -