屋根を叩く雨音が、わずらわしいほど耳に響く。三日前から降り続いている雨は、いっこうにその激しさを緩める気配がない。
 はぁ、と意識せずに口から深いため息が出た。

「あのさぁ。ただでさえ雨で湿度が高いんだから、これ以上湿っぽい空気ださないでくれる?」

 ソファーの上で寝転がりながらテレビを見ていた姉ちゃんは、わざわざ僕のほうに体をひねらせてから悪態をついた。

「騙したことについては謝ったでしょ。いつまでもうじうじしてんじゃないわよ」
「……謝れば良いってもんじゃない」

 僕は姉ちゃんのせいですっかり騙されてしまった。
 ヤナギが見えないことはもちろん、消えたメキシコハナヤナギは隠されていただけだったし、彼女が毎朝いつもとおりに登校していたことも嘘だった。高校はとっくに夏休みに入っていた。
 これもヤナギの信憑性を高めるためのものだったらしい。普通の学生なら授業に拘束されている時間帯、そこに彼が現れるという不思議さの演出が作戦だった。

「あんたとアイツを向き合わせるためだったのよ。普通に『橋本』としてあいつを紹介したところで、あんたはろくに話そうともしないで、逃げたでしょう?」

 姉ちゃんが投げてきた疑問符に、当たり前だと首を強く縦に振る。
 元いじめっこで、僕をどうにかして外に出そうとしていて、茶色に染髪しているような男子高校生。俺の対極にいて、恐ろしい要素しか持ち合わせていない。どんなに姉ちゃんに頼まれたって意地でも顔を合わせなかっただろう。
 けれど、僕の思い出す彼の姿には、どうしても、「恐ろしい」なんて形容詞は似合わなかった。

「もうひとつ聞くけど、あいつと会わずにいたほうが良かったと思う?」

 今度の質問には、すぐに答えることが出来なかった。
 もしも、彼と会わなかったら。
 夕暮れの中ふたりでぼんやりと肩を並べたことも、オセロでぼろぼろに負かされたことも、「そばにいるよ」と言った彼の体温も、全て、なかったことになる。
 想像してみると、それはとても寂しかった。
 沈黙する僕を見て、姉ちゃんは何かを察したようだった。


 



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