****** ピピピピと、単一的な電子音が脳に響く。 うるせえと小声で呟きながら、ケータイのアラームを止めた。 カーテンの隙間から日光が射し、室内はじんわりとした温かさを帯びている。俺に宛てがわれた6畳間からキッチンに移動し、使い慣れないコーヒーメーカーをセット。淹れ終わるまでの間に顔を洗ってしまおうと洗面所に向かった。 そんな家政婦生活5日目の朝。 「おい、梶木。起きろ!」 ベットの上で掛け布団に丸まるようにして眠る梶木は、目を閉じたまま眉間に深いしわを寄せる。 「……眠ぃ」 「いいらさっさと起きる!」 掛け布団を引き剥がすと、普段より二割り増しの目つきで睨まれた。若干恐いけど、始めのころよりは大分慣れた。 寝起きで機嫌の悪い梶木を無理矢理起こし、背中を押してリビングへ連れていく。 点て終わったコーヒーをカップへ入れて梶木に差し出すと、彼は寝ぼけたような顔で「さんきゅ」と言って受け取った。 「つか、日曜日くらい寝かせろよ……」 「休みだからってだらけない! 俺、今からバイトだから朝飯はパンかなんか適当に食って! 昼飯は冷蔵庫の中に昨日の残りのグラタン入ってるから、チンして食って!」 「あぁ? 残りもの? 仕事サボってんじゃねぇぞ家政婦」 「ごめん!シフト代わったことをすっかり忘れてたんだよ! 晩飯は何でも好きなの作るから!」 「……じゃあサバみそ」 「了解! 夕方までには帰るから!」 「おう」 上着を引っつかみ急いで玄関に向かうと、後ろから「気をつけろよ」と声をかけられた。 「ん、行ってくる!」 なんやかんやで梶木との生活にも少し慣れてきた。まだ5日目だけど。 やることさえやっていれば梶木が突っかかってくることもないし、今のところ大きな喧嘩もない。とりあえず、お試しの一ヶ月はこのまま平穏に家政婦生活に勤しんで、その間に新しいアパートを探そうという計画を立てている。 「店長、ここらへんに家賃の安いアパートありませんかね?」 焼きたてのパンを運ぶ店長に相談してみると「知らない」と一蹴された。 「引越しでもするの?」 「はい。近いうちに」 「遠くに引っ越してバイトやめないでね」 「あ、はい」 「ていうか止めさせないから」 「……はい」 店長恐い。 ****** 定時より少し遅れてあがり、近場で買い物を済ませてから帰宅すると、リビングのソファーで梶木が寝ていた。腕を組んで、なにやら険しい顔をしている。そんなに力んで寝たって休まらないだろうに。とりあえず梶木の部屋から毛布を引っ張ってきてかけてやった。 で、鯖の味噌煮作らないと。作ったことないけど、まぁなんとかなるだろ。 「……いい匂いがするな」 煮汁が焦げないようにフライパンを揺すっていると、いつの間にか背後に梶木が立っていた。フライパンの中を覗き込んだ梶木が「うまそう」と呟くのを聞いて悪い気はしない。 「まあ、俺の手にかかればこんなもんよ」 「……腹減った」 「もうちょい待って」 と言われてキッチンの隅で大人しくこちらを見つめている梶木が、おあずけ中の犬に見えてなんだか微笑ましかった。けど、ずっと見られてたらやりにくいっつーの。 結局、背中に刺さる視線に耐えながら晩飯を作り終え、少し早めに飯にすることにした。 「……うまい」 「そうだろうそうだろう」 「お前の飯って、なんか素朴な味だよな」 「おい。それ褒めてない」 「なんつーか、お袋の味ってこんな感じなんだろうなって」 「嬉しくない」 「あ? 褒めてやってんじゃねーか」 「いいから黙って食ってろ!」 ←|→ |