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 お互いに落ち着いて話をしてみると、事の全容が見えてきた。
 まず、男はこのマンションのオーナー兼管理人らしい。俺とそう歳も変わらなさそうなのに、マンションを経営しているなんてすごい。そう素直に褒めたが、ただの親が金持ちの坊ちゃんだった。妬ましい。

 男の話によると、俺が屋上でフェンスに上っているところを向かいのマンションの住民が偶然目撃し、慌ててここの管理人室に飛び込んできたらしい。話を聞いた男が急いで屋上へ上がってみたところ、俺がそこでぐーすか寝ていたというわけだ。
 飛び降りようとしたけれど恐くなってやめた、泣きすぎて疲れていつの間にか寝ていた、そう正直に話すと、男は目元にしわをよせて大きく笑った。

「浮気されて泣いたんだ」
「そうだよ。笑ってんじゃねえ」
「……てか、さっきさぁ、『彼氏』に浮気されたっつってたよな。てことは、お前ってゲイなの?」

 男は口元に笑みを浮かべたまま、こちらに流し目を向けた。
 へぁ、とだらしない声が出て、口が半開きになる。
 そうだ。そうだった。この男と言い争いになっていたとき、頭に血が上って『こちとらは彼氏に浮気されて傷心の身なんだよ!』なんて何も考えずに叫んでいた。初対面の人間に何をカミングしてんだ、俺は。
 今まで、一般人に(ましてや名前も知らない人間に)自分の性的マイノリティを打ち明けたことなどない。ゲイであることを肯定すべきか、お前の聞き間違いだと否定すべきか、考えあぐねていると、男が馬鹿にするように鼻で笑った。

「なに考えてんのか知らねぇけど、そこで黙るってことはやっぱゲイなんだな」

 言葉に詰まって返事ができないでいると、男はまた鼻を鳴らす。その態度に、かちんときた。この男は人を見下すような態度しかできないのだろうか。

「うっさいな! そうだよ、俺はゲイだ! だからなんだっていうんだよ!」

 開き直って、男に向かってそう怒鳴る。
 よくよく考えてみれば、名前も知らないこの男に俺の性癖がバレたところで何てことはないのだ。もう二度と会うことはない。

 傍らにまとめていた自分の荷物を手に取り、無言で玄関に向かう。男も何も言わないまま、俺の後ろをついてきた。
 履き慣れたスニーカーの靴紐を結んでいると、「帰るのか?」と後ろから声がかけられた。帰る以外になんかあるのかよ。そう思ったがシカトした。


 スニーカーを履き終え、くるりと一旦後ろを向く。
 男は壁に寄り掛かりながらこちらを見ていた。


「お前性格悪そうだけど、俺をここまで連れて来て、ベッドに寝かせてくれたとこは優しいと思う。ありがとう。おじゃましました」

 押し付けるように言葉を続けて、彼の顔も見ずに玄関を出た。





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