「どこの兄弟もそうだと思うんですけど、弟にとって兄は憧れなんです。僕もそうでした。近いけれど絶対に追いつけない存在。自分をきちんと持っていて、物事をはっきり言う聡介が、すごくかっこよく見えた」

 俺は軽く頷いて相槌を打った。彼は節目がちに言葉を進める。

「小さい頃は、聡介にかまって欲しくて色々やってたけど、全然だめで、うざがられるだけ。追いかければ追いかけるほど、冷めた目で遠ざかっていくようでした。この歳になっても、今だ壁を感じる。聡介のようになりたくて、性格などを模倣したのも逆効果だったみたいですし。もう、どうすればいいのかわからなくて」

 苦みを隠して無理やり口角をあげようとする姿がなんだか痛々しかった。
 俺は三人兄弟の次男だから、身近な背中にあこがれる気持ちも、それをうざったく感じる気持ちも理解できる。
 うちの場合は時間が解してくれたけど、彼らは今だ絡まったままなんだろう。

「……聡介と、弟さん、似てますよね」
「そうですか? 初めて言われました」
「とても似てます。ふたりとも、すごく不器用だ」

 弟くんは目元を緩めて、確かに、と笑った。
 先程までの、糸を強く張ったような雰囲気が崩れて、なんだか幼く見えた。

「いきなりこんな話をしてすみません」
「いやいや、俺が聞いたんです。むしろすみません」
「そうだ、用事を忘れるところでした。これ、父の実家から送られてきたみかんです。おすそ分け。よかったら聡介と一緒に食べてください」
「ありがとうございます。いただきます」
「それと、ひとつ、聡介に伝言してもらってもいいですか?」

 本当は直接話したかったんですが、と彼は表情を引き締めた。




******

 

「ん、みかん。もうそんな季節か」
 帰宅した聡介は、すぐにテーブルの上のみかんに気がついた。「出始めだから高かっただろ」と俺を見ながらネクタイを緩めている。

「いや、それ貰いもん。お前の弟くんが日中に来て置いてった」
「あ? 弟? あの野郎また来たのかよ」

 聡介は嫌悪感を丸出しにして顔を歪める。
 弟くんの苦しげな表情を思い出すと、聡介の態度が理不尽に見えて、少し腹が立った。

「そう言い方はねえだろ。せっかく来てくれたのに」
「こっちは呼んでねえのに、せっかくもクソもあるかよ」
「そういうこというなよ」
「あいつは冷やかしできてんだよ。次は取り合わなくていいから」
「なんだってそんなつんけんするんだよ。弟さん、お前よりよっぽど良い人じゃねえか。たく、反抗期の中学生かよ」

 火がついたように、聡介の表情が一瞬で怒りに染まる。

「ホモ野郎になにがわかんだよ!」

 聡介の荒い息遣いが、静かな室内に響く。
 さぁっと感情が抜けるように、頭の中が冷めていく。表情が抜けた俺を見て、聡介はばつが悪そうな顔をした。

「そうだよ。俺はホモだよ。だからなんだよ」
「……言い過ぎた」
「別に言い過ぎてねえよ。ていうか今更だし、事実だし、わかってるし、慣れてる」

 ホモは都市伝説で、何をしてもしなくても見下されて、構えられて、後ろ指を差される。こいつだって、害がないから俺と住んでるだけであって、線引きされた関係だから安心しているだけであって、他と何も変わらない。
 わかってる。わかってた。最初から、そうだった。

「……別に不幸比べをしたいわけじゃないけど、俺は、身ひとつで家から追い出された奴を何人も知ってる。家族と連絡は取れないし、もちろん会いになんて来てはくれない。地元では死んだことにされてる奴だっている。なんでだと思う? ホモ野郎だからだよ。どんなに純粋な気持ちで人を好きになっても、それが同性だってだけで汚らわしい目で見られる。お前に、その気持ちがわかるか?」

 高まった感情が喉を震わせ、泣いているような声が出た。
 不自然な間が空く。聡介は何も言ってこなかった。
 俺は小さく深呼吸して、自分を落ち着かせる。話さなければいけないことがあった。

「事情も知らないホモが口出して悪かったな。これ以上話したくないだろうけど、弟さんから頼まれた伝言があるから、それだけは聞いてくれ」

 聡介は俯いたまま動かない。
 返事もなかったが、俺はそのまま言葉を続けた。


「お前のお母さんが倒れて、今入院してる」


 聡介が勢いよく顔を上げる。
 目見開いて、信じられないといった表情を浮かべていた。

「詳しくは検査中だけど、高血圧持ちだったからそれが原因だと思うって。もう意識は戻ってるし、大したことないとは言ってた。でも、気が落ちて、お前に会いたいってずっと言ってる。って、弟さんが言ってた」

 彼は情けない顔をしていた。どうすればいいのかわからない、迷子のような顔。
 俺はそんな放心状態の聡介をリビングに残して、自室に戻った。しばらくの間、リビングからは物音ひとつ聞こえなかった。

 クッションを抱えて、額を押し当てる。
 差別とか、偏見とか、慣れているはずなのに、聡介の言葉が頭にこびりついて離れない。息が苦しい。
 堪えるためにひじに爪をたてたけれど、余計に痛むだけだった。







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