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「うっわ、最悪」

 右手に食パン、左手で携帯電話。行儀悪く朝食をとっていた聡介は、顔をしかめて小さくそう呟いた。

「どうかした?」
「ブチョーから休日出勤のお誘い。てか、命令」
「うへぇ。大変なんだな」
「計画性のない上司を持つとな。しわ寄せが俺らにくるから。しなくていい残業に、休日出勤。あー、あのハゲ早くセクハラで訴えらんねぇかな」

 なんてたらたらと文句を垂れながらも、彼は急いで支度を済ませて家を出て行った。
 俺はバイトも休みだし、代わりにゴミ捨て場の掃除くらいはやってやるか。それから、今日は天気がいいからシーツを洗濯して……あ、レポートも進めないとなぁ。期限って来週だっけ。
 食器を片しながらそんなことを考えていると、不意にチャイムが鳴った。ぴんぽーん、と軽やかな音が静かな室内に響く。
 インターホンカメラと繋がっているモニターを覗くと、スーツ姿で眼鏡をかけた男が立っていた。口を引き結んで、固い表情をしている。
 セールスマンっぽいけど、営業にしては愛想が悪い。聡介の知り合いかなんかと、とりあえずドアを開けた。



「……誰ですか、あなた。ここは梶木聡介の自宅のはずですが」

 俺を見た男の顔がぽかんと間抜けなものになり、それからすぐに険しい表情に変わる。
 これは、やっぱりというか、聡介の知り合いだったパターンだ。こういうことは何度かあったけど、まず俺のことを説明しないといけないのが面倒くさいんだよな。なんて心の中で軽くため息をついた。

「聡介は今外出中でいないです。俺は…えーと、居候みたいなもんで、今ここに住まわせてもらってるんですけど……」
「居候……彼とふたりで住んでるってこと?」
「はい」
「……へぇ。あの人、そういうの苦手だと思ってた」

 男は眉間にしわを寄せながら、俺の足先から頭のてっぺんまで、粘着質に視線を這わせる。
 なんだか値踏みでもされているようで居心地が悪い。

「あの、失礼ですけど、どちらさまですか?」

 眉間にシワがよりそうになるのを抑えながら、丁寧に尋ねる。
 男は、あぁ、と目を何度が目を瞬かせ、まだ名乗ってませんでしたねと身を正した。

「僕は梶木康介。彼の弟です」





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「どうぞ」
 カチャリと音を立たせて不器用に紅茶を差し出すと、彼は礼を言って軽く頭を下げた。そんな些細な仕草ひとつ取っても、体の節々まできちんと伸びていて、何だか品が良く見える。
 時折銀縁の眼鏡フレームを指で押し上げる様子からは、神経質な印象を受ける。聡介はどちらかというとずぼらな人間だし、品はない。
 本当に弟なんだろうか。見れば見るほど、似てない。あの口の悪い男の、この育ちの良さそうな青年が、兄弟とは。

「いつからですか」
 唐突な質問に、「はい?」と気の抜けた声が出た。
 同居のことです。と男は淡々とした声で続ける。

「以前ここへ来たときには、まだ聡介はひとりで住んでいました」
「えぇっと、1ヶ月ちょい前からですかね…?」
「なるほど。ちなみに、聡介とはどういった関係で?」
「ど、どういった?」
「ご学友でしょうか」

 改めて関係について聞かれると、返事に困る。
 とりあえず言葉を濁して逃れようとすると、彼もそれ以上追求しようとはしなかった。
 それから彼は、あの、その、と言い淀んでから、ぼそりと潜めた声で「聡介は、私のことで何か言ってましたか?」と言ってきた。

「どういうことですか?」
「例えば、口うるさい弟がいるとか、うざいとか、会いたくないとか、言ってませんでしたか?」
「いや、ないですけど……兄弟がいたことも今初めて知ったので」

 彼はほっとしたような、落ち込んでいるような、複雑な表情で深く息を吐いた。さきほどまで、硬く張り付いて見えた彼の表情が緩んで、人間味を感じた。
 聡介と住むようになってから、彼とその家族の間にに溝があることはなんとなく感じていた。弟さんが聡介のことを話す口調からも、なんだかぎこちないものを感じる。

「仲、悪いんですか?」
 口にしてから、聞くべきじゃなかったかもしれないと後悔した。この人とは初対面だし。家族関係探られるのってきもいかも。
 弟さんは、少しの間視線をさまよわせていた。それから小さく息を吐いて、右手の中指で眼鏡のブリッジを押し上げる。 

「なんていうか、裏目に出るんですよね」
 彼は、遠くを見るような、ぼんやりとした表情を浮かべた。




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