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 あか、しろ、きいろ。
 お母さんはお花が好き。だから、お庭にこっそりと隠れて咲くお花を探し出す。
 爪の先は土だらけで、背中を汗で湿らせながら、一生懸命花を摘む。
 出来上がるとそれだけで笑みがこぼれた。小さな手に自分なりの花束を握りしめて、駆け足で家の中へと戻る。
 おかあさん。
 母親は生まれたばかりの弟を抱いたまま、浅い眠りについている。
 おかあさん。
 もう一度声をかけると、康介がびえびえと情けない泣き声をあげた。それに驚いて母は慌てて目を覚ますと、体を揺すって康介を安心させる。

『聡介、康ちゃんね、いま寝たばかりなの。驚かせないであげてね。あと、あなた、手が汚いわ。土遊びをしたなら、きちんと洗いなさい』

 浮き足立っていた気持ちは急激に萎んでいく。握りしめた花々も、なんだか急に元気をなくし、くったりと首をたらしているように見える。
 言いつけ通り手を洗おうと洗面台に向かうと、丁度お手伝いのしょうこさんが洗濯機をいじっているところだった。
 しょうこさんは緑の黒髪をさらりと揺らしながら、こちらを振り向いた。

『あら。聡介くん、それなあに?』
 しょうこさんは屈んで、視線の高さを合わせてくれる。
 これ、しょうこさんにあげる。
 花を握りしめたまま、その手をつき出すと、しょうこさんの長いまつ毛がぱたぱたと揺れた。それから、目を柔らかく細めて、にっこりと笑う。

『これはプレゼントかしら。ありがとう、聡介くん。せっかくだからリボンでくくって、小瓶に飾っておきましょうね』

 しょうこさんはいつも笑顔で瞳の中がきらきらしていた。
 彼女の手にかかると、一度ゴミになりかけたものであっても、大切な輝きを戻していく。先ほどまでしょげていた花も、今では茎から花びらの先までにしっかりと力をいれて立っている。
 そんな魔法使いのようなしょうこさんが、大好きだった。






「梶木、起きろ!」

 けたたましい足音とともに、直の大きな声が聡介の部屋に響く。布団の中で体を丸くして眠っていた聡介は、夢から現実へと引っ張り戻されたことで、不機嫌な唸り声をあげた。

「おーきーろー」
「……起きてる」
「布団から起き上がれっつってんだよ! 二度寝すんぞ!」
「しねぇって……つか、休みの日なんだからほっとけ……」
「いいから起きろ! こうやって俺が起こしてやるのも最後なんだから、シャキッとしろよな!」

 最後なんだから。
 その言葉が、聡介の耳から頭へと染み込んでいくうちに、眠気に負けていた思考が急激に覚めていく。

 −−麟太郎と縁が切れた以上、ここで世話になる理由もねえから……明日にでもここを出るよ。短い間だったけど、ありがとう。

 昨日の夜、直はあらたまった様子で聡介に頭を下げた。
 麟太郎とのいざこざが解決したことで、直がここにいる理由もなくなった。それがなくとも、同居が始まってからもう少しで一月が経とうとしている。お試し期間ももう終わる頃合いだった。

 明日からは、目覚まし時計に起こされ、出来合いの飯を食う生活になるのか。
 直の用意した朝食を前に、聡介は彼のいない生活を想像した。一月ほど前では当たり前だった日常が、なんだか味気ないものに感じられた。






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