『lesson15
 permid 許可する
 decline 丁重に断る ……』

 リズミカルに繰り返される単語を、口の中で復誦しながら校門を抜ける。大通りのバス停を通り過ぎたところで、目の前に見知った少年があらわれた。

「彼の告白を受け入れてくれたんですね。僕の言葉を信じてくれて嬉しいです」
 嬉しい、という割りには彼の表情には動きがない。小さな背丈に浮かぶ冷静な顔は、なんだかアンバランスだ。

「俺は告白を受けてはいないし、君の言葉を真に受けたわけでもないよ。ていうか、君は何なの。どうして俺が男に……彼に告白されることを知ってたの」
「僕の素性に関する質問には答えかねます」

 素性、答えかねる。小さな唇から出てきた言葉は、どこまでも小学生らしくない。不思議に満ちた少年は、「どうかあの人をお願いしますね」と残して颯爽と駆けていってしまった。
 お願いされても、困る。もんもんとしながら予備校へ向かう足を進めた。


 今日は少し時間に余裕があるから、いつも通るスーパーに寄ろうかと考えていた。高校と予備校の中間地点にあるスーパーは、店内の一部が直売所として貸し出されている。地元農家のみかんやきゅうりの他に、カステラの切れ端とか、ゆがんだ形のクッキーだとかも売っていて、俺はそういった甘いものが目当てでよくそこに寄っていた。小腹が空いたときに丁度いいのだ。
 品揃えは日によって違う。今日は何が売っているだろうかと考えながら歩いていると、スーパーのひとつ手前の交差点に差し掛かったあたりで、前方に目立つ金髪がなびいていた。
 あっと思っている間に、彼はこちらに気付いて距離を詰めてくる。

「お疲れさま」
「あの、こんにちは。俺、これから予備校が……」
「わかってる。これを持っていってくれ」

 手のひらに何かを握らされる。指を開いてみると、両脇がねじられた、リボンの形の包みが見えた。どうやらキャンディーのようだ。

「あ、ありがとうございます」

 俺のそんな簡単な礼ひとつで、彼の頬は面白いほど血色を良くした。柔和な雰囲気に、あれ、と違和感を覚えた。強張っていた肩の力が抜けて行く。
 あぁ、そうだ。この人、俺のこと好きなんだよなぁ。これってやっぱり、そういうことなのかな。
 実感するとこちらまで恥ずかしくなってきて、頬が厚くなってくる。

「その、予備校は何時に終わるんだ」
「今日は、9時ちょいくらいです」
「そうか。……もし、迷惑でなければ、駅まで一緒に帰らないか」
「えっ」

 ぐっと彼の表情が強張ったのを見て、慌てて口を手で覆う。驚いただけなのに、なんだか嫌そうな声が出てしまった。

「迷惑なら遠慮せずに言ってくれ」
「迷惑ていうか、9時までの3時間なにしてるんですか。ひたすら待ってるんですか」

 それは重い。重すぎる。こんな寒空の下で待たれていると思うと、それが気になって勉強どころではない。

「この近くでバイトしてるんだ。今日のシフトが9時までだから、その、いや、迷惑ならいいんだ」
「あぁ、そうなんですか。それなら全然問題ないです」
「いいのか?」
「え、あぁ、はい。大丈夫です」

 じゃあ終わる頃に予備校前で待ってる、と嬉しそうに彼が笑う。なんだか胸がむず痒かった。


******


「そういえば、さっきくれたの、キャラメルだったんですね。ナッツが入っていて、おいしかったです」

 駅に向かって彼と肩を並べながら、改めて礼を言う。
 1コマ目と2コマ目の講習の間に、そういえばとポケットの中の包みを思い出した。糖分補給のためにひとつ開けると、中に入っていたのはこげ茶色のキャラメルだった。大量生産されたような正方形ではなくて、歪な台形。口の中に放り込むと、まろやかな甘みが解けて、細かいナッツの香ばしさが良いアクセントだった。

「それはよかった」
「あれ、市販のものじゃないですよね」

 取り留めのない話なのに、彼はなんだか曖昧な返事をした。
 別の話題を探して、ぽつりぽつりと会話をつなぐ。学校のこととか、友達の笑い話とか。その中で彼がハーフで、その金髪は自前であることを知った。てっきり脱色したものだと思っていた俺は、彼を色眼鏡で見ていたことに気付いて、申し訳なくなった。

 不意に、びゅう、と強い風が吹いて、俺の髪の毛をくしゃくしゃにする。前髪が目に入りそうで、ぎゅうと目を瞑ると、髪をなでるような感触を感じた。
 薄く開いた視界の先、とても近いところにある彼の顔。
 こうして間近で見ると、表情の薄い彼の顔はやっぱり少し恐くて、視線を向けられると緊張してしまう。けれど、こうしてちょっとの間一緒に過ごしただけで、彼の印象は初めとは大きく変わっている。
 『お友達から始めましょう』、そう返事をして良かった。その場で断っていたら、俺は彼のことを何もわからないままだった。
 力が抜けたようにしばらくぼうっと彼を見つめていると、不意に鼻先が香る。

「甘いにおい……」

 彼の手櫛が止まって、するりと離れた。

「パティスリーでバイトしてるから、甘いにおいが染みたのかもしれない」
「ぱてぃすりー……」
「洋菓子店のこと」
「え、じゃあ、お菓子作ったりしてるんですか?」
「基本は接客だけど、たまにやらせてもらってる」

 すごい!と思ったまま口にすると、彼は困ったような顔をした。
 俺は甘いものを食べるのは好きだけど、自分で作るなんて考えたこともない。お菓子作りは繊細なものだと聞いたことがあるから、それが出来る彼のことを素直にすごいと尊敬する。

「あっ! もしかして、さっきのキャラメルって……」
「俺が、つくったんだ」
「やっぱり! 器用なんですね! なんで初めに言ってくれなかったんですか」
「恥ずかしくて」

 俯きながら照れる彼の様子に、あれ、とまたひとつ違和感。
 あぁ、これがいわゆるギャップというやつか。

「恥ずかしがることなんて何もないのに。あのキャラメル、本当においしかったです」
「ありがとう。嫌でなければ、また差し入れしてもいいか?」
「こちらからお願いしたいくらいです」

 俺の真剣な顔を見て、彼は小さくはにかんだ。
 そうこうしているうちに駅が近付いてくる。
 
「俺、南北線なんですけど、一緒の電車ですか?」
「いや、俺の家はここの駅裏なんだ」
「そうなんですか。じゃあ、ここで……」
「そうだな。お疲れさま。また、明日」

 ぽんぽんと俺の肩を叩いて、彼は別な方向へと歩いていった。

 あ、連絡先聞いてない。
 そう気付いて振り返ると、彼の背中が大分小さくなっている。追いかけようかと少し迷ったけれど、結局そのまま電車に乗り込んだ。
 『また明日』なんだから、明日聞けばいいや。
 



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