『lessn14
 return 親切な行為
 return the fovor 恩を返す
 aid 援助
 humanitarian aid 人道的支援 ……』

 単語帳と連動した音声データを聞きながら、自分の影を踏むようにして歩みを進める。
 昨日の予備校で先日の模試の結果が配られた。AとBが連なる中、英語とリスニングのD判定。
 正直、今回の模試は自信があった。湯船に浸かりながら単語帳をふやけさせ、夜遅くまで机に向かい、早朝暗記を試し、徹底的に苦手な英語を押し込んだ。
 けれど、これが結果だ。D、というアルファベットが重くのしかかる。前回よりもひとつ下がっていた。
 ずうん、と重石のような憂鬱が胸を苦しくさせる。

 だめだ。こんなことで落ち込んでる暇はない。覚えなきゃ。ひとつでも多く。こぼさないように気をつけながら。

 ポケットから個装された小さなチョコレートを取り出して、ひとつだけ口に放り込む。唾液にとける甘みが、じんわりと俺の心を和らげていく。俺の、精神的栄養剤。

 ふう、と息を吐いて、イヤホンから流れる音声に意識を戻した。

『 enemy 敵
  conflict 紛争
  contesut 競争  ……』


 節目がちに歩いていると、俺の正面で立ち止まる足が視界に入った。大きめな、砂っぽいスニーカー。
 道の真ん中でで突っ立っていることに異様さを感じ、できるだけ距離をとって通り過ぎるために、道の端へと寄る。そうすると、俺の動きに合わせたように相手も同じ方向へと寄った。
 反対にずれても、相手はついてくる。まるで通せんぼをされているようだ。
 むっとして見上げた先には、口をへの字に曲げてこちらを射抜く男の顔があった。吹く風にあわせて、男の逆立った金髪がふわふわ揺れている。ここらでは有名な不良校の制服を着崩し、その胸元には3年生の証である赤い校章が光る。
 俺とは正反対で、本来なら関わりのないような人間がそこにいた。

 固まったまま向き合ってるいると、彼の手が俺の顔に伸びる。
 ――殴られる!
 反射的に目を瞑った。
 しかし想像していたような衝撃はなく、彼は俺の片耳からすぽっとイヤホンを引っこ抜いた。


「すまない、少し時間もらえないだろうか」

 険しい瞳にのまれて、反射的に頷く。
 先ほどまで模試の結果が散らばっていた頭の中が途端に真っ白になり、不意に昨日の少年の言葉がよみがえった。

『貴方は明日、呪われた破壊神から告白を受けます』

 いやいやいやいや、ないないないない。
 心臓がばくばくと音を立てる。
 あり得ない。やめてくれよ。


「いきなりで困ると思うけど……好きです。付き合ってほしい、です」

 俺の願いは虚しく散った。
 彼の口調は丁寧なものの、とても力強い目をしていた。破壊神というのがもし例えだったなら、なるほどと納得してしまうくらいの鋭い眼光。

「返事……」

 ぼそりと、低い声が地を這う。
 返事。そうか返事。返事?
 返事もなにも、付き合ってくださいもなにも、俺たちは初対面のはずだ。というか男同士のはずだ。
 ごめんなさい。

 口に出そうとしたけれど、彼の絡みつくような視線に唇が止まる。
 蛇に睨まれた蛙とは、まさに。
 少し間が空いてから、ようやく俺は口を開いた。

「……お友達から、よろしくお願いします」



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