タバコなど一切吸わない俺が何故今喫茶店の喫煙席に座っているのか、それは俺の正面に座っている三嶋がヘビースモーカーだからだ。今も案内された席に座るや否や取り出したタバコをくわえて火を付けた。

「……タバコ、やめるんじゃなかったのか」
 俺と三嶋は昨夜もふたりで会っていた。どこにでもあるような居酒屋で変哲のない会話を広げ、その中のひとつとして彼の禁煙が挙がっていたはずだ。
「やめようって気持ちはあるんだけどね」
 彼は困ったように笑った。それと同時に苦痛の声をあげる。
 実のところ先ほど三嶋の顔を見たときからずっと気になってはいたのだけれど、そのことについて尋ねても良いのかどうか迷った結果言及しないでいた。しかしやはり気にはなる。

「……三嶋、お前その頬どうしたんだ?」
 三嶋の頬は赤く腫れていた。見ているだけで痛々しい気持ちになるそこを、彼は隠すでもなく堂々としている。昨日の夜に会ったときは普通だったはずだ。昨日の今日で何があった。

「あー、やっぱ覚えてないか。これね、お前に殴られた痕」
「はっ?」
 阿呆くさい間抜けな声が出た。俺が?殴った?三嶋を?いつ? 記憶に訴えかけるまでもなく俺はそんなことしてない。でも一応頭の中で時間を巻き戻してみる。そして気付く、家に帰った記憶がない。というか三嶋と呑んでいた途中から記憶が怪しい。でも朝起きたとき俺は自分の部屋の自分のベッドの上で寝ていたはずだ。

「酔ってるぽいなとは思ってたんだけど、呂律も回ってたし態度も普通だったし、ほろ酔いくらいなんだと思ってたんだよ。そうしたら店出た瞬間に『俺の焼きそばパン食っただろ』って怒鳴られてさ。そのあとお前、俺のこと殴ってからひとりで帰っちゃったんだよ。最初は本当意味わかんなかったんだけど、高校んときに俺がお前の焼きそばパン食って呆れられたことがあったのを思い出してさ。多分だけど、お前って酔っ払うと昔の感覚とか記憶とか唐突に出てきて、そのうえ暴力的になるんだと思う」

 三嶋によって告げられた内容は記憶ない俺にとって現実味のないものだったけれど、彼の頬が腫れているのか確かだし、嘘をつく意味もない。

「……その、すまなかった」
「いや、俺のことはいいんだ。お前も覚えてないことを責められても困るだろうし、俺も別に気にしてないから。でもこれから酒呑むときは気をつけたほうがいいぞー。てか、こういうのもう何度か経験済みだったりする?」
「いや…初めてだ」
「そっか、なら今回を教訓に今後気をつけろよー。まあお前が覚えてないだけで、何回もあったのかもしれないけどな」
「……恐ろしいことを言うなよ」
「いや、真面目な話だよ。今まで呑んでて記憶なくしたこととかないのか?」


「…………ある」

 春斗に三嶋との交際を告げられた日、俺はやけ酒をした。いや、その時すでに春斗への思いはなく、竜二を好きになっていたから、やけになって呑んだという表現は違うのかもしれない。
 強いていうならば、春斗と三嶋の交際という話を前に俺が春斗を好き続けていたという事実が虚しく感じられ、その空虚感を酒で埋めたというところか。
 問題はそこからだ。今回同様、帰宅した記憶がなかったのだ。起きたとき俺は自分のベッドの上、そして隣には竜二がいた。竜二の目は心なしか赤く腫れていて、俺はそれについて尋ねた記憶がある。
『何もされてないよ』
 確かに竜二はそう言った。彼が俺に嘘をついたことなんてなかったから、その言葉を信じていた。しかし考えてみれば彼の様子がおかしくなったのはこのすぐ後からだ。



「この世の終わりみたいな顔するなって」
「……そんな顔してない」
「してるしてる」

 こっちの気も知らないで三嶋に盛大に笑った。





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