「はい、どーん!」
「おー! すごい!」


 食卓に並べられた重箱の中には、何かのお手本のように綺麗なおせちが詰まっていた。普段ならあまり目立たない黒豆だって、つやりと光を反射させていて、きらきらと光ってみえる。かまぼこもなんかギザギザしてる。すごい。エビがこっち見てるのは少し恐いけど、でもすごい。

「おいしそう」
「本当? よかった〜。手作りだから味の保障はできないっすけど」
「手作り!?」
「はい。大晦日に家で作りました」

 恐るべし。恐るべし安藤くん。
 少し前から安藤くんは手料理に凝り始めた。今までカレールゥに頼りっぱなしだったのに、最近では変な色の粉(本人の前ではスパイスと呼ばないと怒られる)を独自に調合して、ぐつぐつと何時間も煮込んでカレーを作るという凝り様。
 安藤くんがそうやって料理に集中している横顔を見るのは楽しい。無意識に寄った眉間のしわは可愛いし、一点を見つめる眼差しは格好いい。毎回惚れ惚れしてしまう。けど、ちょっと、本当に少しだけ、寂しかったりもする。俺は不器用だから、安藤くんの手伝いとして台所に立つことができない。見つめてることしかできないのが、少しだけ、寂しい。
 まぁ、出来上がったカレーが文句なしに美味しいから良しとしてる。

「どう? 和樹さん、うまいっすか?」
「うん! 見た目もおいしいし、味もおいしい!」
「喜んでもらえてよかった」

 安藤くんがへにゃりと、表情筋を崩して笑う。安心している顔だ。かわいい。お世辞ではなく、本当においしいのだから、もっと自信をもって振る舞ってもいいと思う。

「あ、俺、この甘いやつ好き」
「栗きんとん? 和樹さんって甘党ですよね」
「うん。甘いのは割りと好き」
「俺、甘いの苦手なんで、和樹さん全部食べていいっすよ」
「いいの?」
「うん。……うまい?」
「んまい!」
「よーしよーし、餌付け作戦成功」

 安藤くんはそう言って俺の頭を撫でる。ん?餌付け?と首を傾けると、彼は少し視線を落とした。

「俺、何もできないから。和樹さんの胃袋掴んで、逃げられないようにしといたほうがいいかなって……」
「……なにそれ」

 俺が安藤くんから逃げようなんて、そんなことあるわけない。少しカチンときた。信じられていないように感じた。

 安藤くんの唇にかぶりつく。彼は、いきなりの俺の行動に驚いたようで、体を固めていた。
 安藤くんの下唇を舐めて、挟めて、歯を立てて。丁寧に愛撫していると、安藤くんの体温が徐々に上がってくるのを感じる。
 いつのまにか、俺の頭の後ろを安藤くんの手のひらが支えていた。俺優勢で始まった行為が、形成逆転される。舌を舐められ、吸い付かれ、息が乱れる。
 ぐ、と軽く安藤くんの体を押すが、離れる気配がない。ぐぐぐ、力を強めると、渋々といった雰囲気で唇が離される。見つめた瞳は湿っぽく艶を出していた。

「安藤くんって、キスするの好きだよね」

 安藤くんの内腿から彼の中心へと、なめらかに手のひらを滑らせる。やんわりと揉み込んだソコは、微かにだが、芯を持ち始めていた。

「あと、エッチも、好きだよね」

 火がついたように、安藤くんの顔が真っ赤に染まる。

「ど、どうしたんすか、いきなり……」
「安藤くんはさ、俺の体が好きなの? キスが出来れば誰でもいいの?」
「そっ、そんなわけない! 俺は、俺は……!」

 安藤くんは情けない顔をして、俺を見つめる。わかってる。安藤くんはそんな人じゃない。
 相手の気持ちに不安を感じるのは理解できるけど、そんなの、俺だって同じだ。

「俺は、餌をくれる人に懐くわけじゃないよ」

 安藤くんは、はっとした顔をして、眉尻を下げる。あの、あの、と吃りながら一生懸命言葉を探す彼の姿は、まるで幼児のように無防備だ。

「違うんです! 俺、自分に自信なくて! それで、せめて和樹さんにおいしいもんでも作ってあげられたらって思うようになって……そしたら和樹さんが笑顔になってくれるから、嬉しくて、それで…それで……」

 今にも泣き出してしまいそうな顔で、言い訳をする安藤くん。
 もしかして、急に手料理に熱を上げ始めたのも、そういう訳だったのだろうか。苛立っていた気持ちが萎えんでいく。
 俺が喜ぶのを期待して? 馬鹿だな、安藤くんは。


「俺は、安藤くんが好きなの」

  彼の頬を両手で挟んで、息がかかる距離まで顔を近付ける。

「安藤くん、が、好きなの。わかる?」

 青ざめていた安藤の表情が、一瞬で熱を戻す。

「俺、も……俺も、和樹さんだけが好きです」

 唇がぶつかる。前歯が衝突したが、安藤くんは気にせずに口内へと舌を進める。頭の奥がしびれるように熱い。
 勢い付いた安藤くんに押し倒され、後頭部が床にぶつかる。痛みに声を上げたことで、慌てたように安藤くんの唇が離れていった。

「大丈夫すか!?」
「ん、大丈夫」
「すいません……飯も途中だったのに、」

 体を起こそうとする安藤くんを制止するため、彼の頭を抱き込む。

「か、和樹さん……?」
「おせちは後でゆっくり食べよう。今はそれよりも、ね?」



おわり


|→

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -