兄さん、あなたは僕と言う人間を勘違いしているよ。


 それは仕方のないことなのかも知れない。
 たしかに、僕は両親の長所ばかり受け継ぎ、兄さんは短所ばかり遺伝していたから。

 でもそれは目に見える能力面だけの話だ。

 他人を思う優しさも、裏表なく誰とでも接する素直さも、俺なんかよりずっと兄さんのほうが飛びぬけていた。どちらかと言えば性の悪い人間に属す僕と、そんな心の優しい兄さんを内面で比べれば、圧倒的に僕のほうが劣っていた。





 弟さんのほうは何でもできるのに、お兄ちゃんは何もできないのね。可哀相に。

 心ないことを言う大人もいた。俺はその言葉を聞いて、怒りから相手に殴りかかりそうになったのを覚えている。
 何も知らない奴が上辺だけで判断するな、可哀相なんて言葉を使うな、と拳を握ってそう言おうとした時にそれを止めたのは、兄の悲しそうな表情だった。

 怒ればいい。比べるな、と。俺は俺で弟は弟なのだ、そう叫べばいい。
 でも兄さんはただ黙ってその言葉を受け入れ、ひっそりと影で涙を流すのだ。

 俺はその姿を離れた場所から見つめることしか出来なかった。
 ただ、これからは例え何があっても自分は兄さんの味方で1番の理解者でいようと心に誓った。



 少ないながらも、兄さんにきちんと友人がいたことは知っていた。
 その小さなコミュニティーは僕のような兄さんの味方ばかりで構成されているものだと思い、親近感から勝手に接触を試みた。
 これからも兄をよろしくお願いします、と、おせっかいだとは思ったがそう一言だけ言いたかったのだ。
 本当にそれだけだったのに、僕は思ったよりもずっと彼らに好感を持たれてしまった。気付けば彼らは兄さんの隣ではなく、僕の隣で日々を過ごすようになっていたのだ。

 何故兄から離れたのだと問えば、彼らは遠回しに僕ら兄弟の優劣を理由にあげた。


 そうしてまた兄さんは涙を流す。


 その姿を見て僕は酷く自分を責めた。次に兄さんのそばにいた友人もどきに怒りを抱いた。
 兄さんのことを理解した上で味方でいてくれたのではなかったのか。そう思い燃え上がった憤怒の感情、しかしそれもすぐに冷めていった。

 これでよかったのかもしれない。あんな奴ら兄さんの隣にいる権利など無い。
 僕だけでいい。兄さんの素晴らしさも美しさも儚さも、僕だけが知っていれば良い。
 また彼が涙を流すようなことがあるなら、その時はただ影で眺めるのではなく、そっと背中を撫でてあげよう。


 そんなことを考えていた夜、兄さんは家に帰ってこなかった。





死んでしまった僕のこころ





 家の中が寝静まった後、連日のように兄が外へと出かけていたのには気付いていた。
 どこで何をしているのかもすぐに調べた。



「兄はこんなところにいるべき人間ではないんです」

 兄さんがいない時間を見計らい、総長とやらに会いに行った。
 出された紅茶に軽く口をつけてからそう言うと、彼が少し憤った後に何かを考えているのがわかった。


 総長と呼ばれるこの男は、人望が厚く、仲間から強い信頼を得ているらしい。こうやって話していると、きちんと兄さんのことを考えてくれていることもよくわかる。
 しかし、言ってしまえばこんなところで群がってしょうもないことばかりしている集まりの中心角だ。
 どれだけ好感を得ることが出来たとしても、この男に穢れの知らない兄さんを任せるなんて考えられなかった。


 兄のためだ、兄のためだ、と何度も口に出して協力を求める。
 無駄に仲間思いの男のことだ、そう言えば断ることなどできまいと思った。

 しかし彼はすぐには頷かず、あいつが自分の意思でここに入ったのには何か理由があるはずだ、と、それとなく僕を問い質してきた。

 そこを突かれると弱い。兄さんをこんなところへと追い込んでしまった責任は確かに僕にある。
 誤魔化すように話を元に戻したが、目の前の男は一向に首を縦に振る気配を見せなかった。


 しかたない、そう思ってぽつりぽつりと口を開く。
 全てを話すつもりなんてなかったため、漠然とした言葉で話を進めていく。



「兄さんは、僕が幸せにします」


 納得してくれるか不安だったが、最後にそう言うと、男は躊躇いながらも協力することを約束してくれた。
 本心から兄さんに対しそう思っていることが彼にも伝わったのだろう。




 他人にやめろと言われてすんなりとやめてしまう人間なんてそうそういない。それは兄さんにだって言えることだろう。
 ましてや諭す相手があの弟なのだから、反発されて説得が長引く事だって想像できた。
 こんなところから一刻も早く兄さんを連れだしたい、早くまっとうな世界で僕の隣が居場所だと示してあげたい。そんな思いから荒い手だが手っ取り早い方法を選んだ。

 僕が族に入って、総長と恋仲のふりをする。

 また兄さんを傷つけてしまうことは安易に想像できたが、それが今すべき最良だと思った。



 想像通り兄さんはすぐに族を去った。
 族内の他の人たちにも手をまわしていたお陰か、思っていたよりもずっと早くのことだった。


 闇へと紛れてゆく兄さんの背中を見ながら、感じるのはただひとつ幸福感だけ。
 これで兄さんは僕のものだ。僕が兄さんを幸せに出来る。
 そう思い、周りから見えないように口元を歪めた。




******


 気が付かなかった。
 誰が何を言おうと、僕はずっと兄さんの味方でいてあげよう。そう心に誓った日の思いは、いつのまにか酷く歪んだ自己満足の愛へと変わっていたのだ。

 兄さんを一番わかっていなかったのは僕だ。どこから間違ったのか。最初からかも知れない。
 僕の独りよがりのせいで、兄さんは傷ついてばかり。

 後悔も今さらだ。もう何もかも元には戻らない。
 僕の心も、兄さんの心も、もう死んでしまっているのだから。



おわり





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