「ぐ、……あぁ!」

 呻き声を上げながら地面に力なく横たわっているのは、見たところ高校生程度の青年。
 暗がりのせいで今はよく顔が見えないが、彼は最近までずっと時間を共にしていた仲間だった。

 もう抵抗もしなくなった彼に、容赦なく赤毛の男が蹴りをいれた。
 衝撃で青年の体が飛ばされる様子を、少し離れた所からたくさんのチームメイトが眺めていた。俺もその中のひとりだ。


 はたから見れば、何の罪も無い青年がヤンキー共にリンチされているという可哀相な光景に見えるだろう。
 しかし実際はそうではない。これはある意味で、今暴行を受けている青年のための儀式なのだ。

 俺、まわりの仲間達、赤毛の男、ぼろぼろの青年。その全員が、この地域一帯のチーム「流星」に属している。
 チームや族なんて言えば聞こえはいいが、実際は社会からはみ出した青少年たちの集まりだ。ここらではそんな集まりがいくつか存在していて、「流星」はその中で最も大きなチームだった。

 そして今日、ひとりの青年がチームから抜けたいと言い出した。そこでボロ雑巾のようになって倒れている青年だ。

 抜けたがる理由は知らない。聞かないことが暗黙の了解だから。止めることもしない。去るもの追わず、がここの考えだから。
 けれど、はいそうですかじゃあさようなら、と割り切れるほど薄情にもなれない。だから、決別の儀として、こうやって最後に仲間を傷つける。

 同じ敵に拳を振るうことで深めていった仲なのだから、こういう送り出しは彼ららしいといえば彼ららしい。



 ありがとうございました。
 俺にボロ雑巾と比喩されたその青年は、鼻水やら涙やらでぐちゃぐちゃになった顔でそう言って、深く深く頭を下げた。
 周りからも小さく鼻をすする音が聞こえてくる。許されるのなら「行くな」と叫んでしまいだろう。けれどそれを口に出すことが出来ないから、皆無言で鼻をすするしかないのだ。


 頭を上げた青年は、仲間に向かってゆるく微笑み、ゆっくりと闇夜へ消えて行った。

 その背中を見ながら、俺が彼のように消えて行く日もそう遠くはないだろう、と他人事のように考えた。


 まだ重い空気が立ち込めている中、人混みの隅へと視線をずらす。
 そこには周りよりも少し背が高く、勇ましい雰囲気をまとう男がいた。「流星」の総長であり、俺の元恋人だ。

 しばらくそのまま彼を眺めていると、急にその表情がふっと和らいだ。視線の先を追うと、彼に近付いて行くひとりの少年。
 その少年は当たり前のように総長の隣に立ち、彼と手を繋いだ。同時にふたりとも幸せそうに目を細めるものだから、見ているのが辛くなって視線をずらした。
 少し前まで、彼の隣は俺の居場所だったのだ。あの少年はくるまでは。




ばいばいここはよるのそこ




 俺には弟がいる。同じ母親から一緒に生まれてきた双子の兄弟だとは思えないほど、似ても似つかない弟が。
 彼は父と母の良い所だけ受け継いだのではないかと本気で思えるほど何に関しても器用で、俺はその逆で何に関しても不器用だった。勉強や運動はもちろん、人との付き合い方も。

 兄弟で一緒にいると、まわりはどうしてもふたりを対として見たがった。そして次に必ず優劣をつけたがる。
 わざわざ比べるまでも無いことなのに。優れているのは弟で、劣っているのは俺だ。
 自覚はしていても、それを第三者から指摘されればさすがの俺も傷つく。それだけでも辛いのに、俺の周りにいた人間はいつしか弟のほうへと流れていき、いつのまにか自身の居場所をなくしたことにまた傷ついた。


 俺は傷つくことを恐れ、逃げるように弟のいない場所を求めてこのチームに入った。もともと夜の世界に興味は無かったが、現総長である彼と偶然出会った際に入らないかと誘われたのだ。
 弟のいない、俺を俺として見てくれる彼らの世界は新鮮だった。
 チームの中に自然と俺の居場所が出来ていき、俺はここにいて良いんだと思うたびに、胸が温かくなった。
 俺を救ってくれた総長とは、いつしか唇を重ねるような関係になった。彼の温もりはとても心地よくて、過ぎ行く日々が幸せだと初めて思うことが出来た。


 毎日が穏やか過ぎて、忘れていた。
 今まで俺を苦しめ続けていた弟の存在を。


 ある日、俺らのチームに新しくひとりの少年が入ってきた。
 同年代の子に比べて少し高めの身長に細身の体。作り物のように整っていて、見るものの視線を集めて離さない容姿。
 副総長に紹介されながら、凛と背筋を伸ばして立つその姿は、いつも食卓で見る彼の姿となんら変わりはなかった。

 弟が夜の世界にやってきた。
 誰もが彼から視線を外せずにいる中、「あぁ、また俺は居場所を失うのか」と冷めた頭の中で呟いた。
 自分でも驚くほど俺は冷静で、本当はずっと心のどこかで弟がここへ来ることを想定していたのだと思う。


 すぐだった。
 今までとなんら変わりない。皆勝手にふたりを比べたがり、皆弟に魅了され、皆俺に対する関心など塵ほどもなくなる。
 それは総長だって例外ではない。彼の隣はもう俺のものではなく、弟のものになってしまった。


 やっと見つけた心地よい世界に、俺の居場所は無くなった。

 もう、ここに居てもただ辛いだけだ。





「抜けさせてください」

 チームの仲間たちに囲まれながら、総長の瞳をまっすぐに見据えてそう言った。
 あの日の青年のように暴力を振るわれてぼろぼろにされるのだろうかと考えると少し恐かったが、それでもこれ以上ここにいるよりはマシに思える。
 自分の決心を曲げないように固く口を閉じると、総長は少し間をおいてから「わかった」とだけ短く返してきた。

 それを合図に誰かしら殴りかかってくるものだと思い、構えるようにきつく瞼を閉じた。
 しかしどれだけ経ってもその気配が無く、不思議に思って薄っすらと瞼を開けると、さきほどから一切表情を変えていない総長の瞳と視線が交わる。



「……どうした? もう行っていいぞ」

 立ち尽くす俺に、不思議そうに彼はそう声をかけた。


 それで全てを察する。

 俺がチームに残ることを願う者は、この中でひとりとしていないのだ。
 だから、言うことのできない言葉を誤魔化すように殴る必要なんてない。むしろ儀式なんてやっている暇があるならさっさとここから消えて欲しいのだろう。

 仲間だと思っていた。
 皆がもう俺に興味はないことはわかっていたけれど、それでもひとりの仲間としてはまだ認められていると思ってた。

 でも、それもただの勘違い。
 彼らにとって俺は殴る価値もない存在だったのだ。



「ありがとうございました」

 いつかの青年のように、深く深く頭を下げる。
 ぽたりと地面に落ちて行った雫は、ゆっくりと土にしみて消えていった。

 この感謝の言葉は本心からのものだった。
 辛かったこともたくさんあった。でもそれ以上に楽しかった日々が思い出された。

 少しの間だったけれど、居場所をくれてありがとう。
 心の中でそう呟きながら笑って周りを見回す。そうして俺は何事もなかったかのように闇夜へと歩んでいった。

 俺の居場所を求めるように、もっともっと暗い夜のそこを目指して。



おわり



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