レジ袋お使いになりますか?
 なんて、聞かれるまで袋に金がかかるなんて知らなかった。だってコンビニではそんなこと聞かずに当たり前のように商品を袋に入れてくれたから。
 安藤くんのいるコンビニまでは徒歩5分。激安という言葉が売りの駅前のスーパーまでは15分。俺はこちらを選んだ。不健康な体には調度良かったのかもしれない。

 安藤くんに殴られた日から、彼とは一度も顔を会わせていない。本々知り合うはずのない人間だったのだからこれが自然なのだ。
「あの男は最低な奴だった。あんなのやめて俺にしとけよ」
 安藤くんが例の彼女にそう言ってしまえばそれでおしまい。俺はそれはもう呆気なく存在しなかった者となる。


 帰り道、風の冷たさが身に染みる。
 5円で買ったレジ袋の中身は、人参とジャガイモと玉ねぎとその他もろもろ。カレーくらいなら作れるかなって、甘い考えかもしれないけど、出来るところから頑張ってみようと思った。

 スーパーを出て家路につく。アパートの前にはスーツにサングラス姿の見知らぬ男が立っていた。
「こんにちは」
 笑顔で挨拶をするも返事はない、代わりに腕を捕まれた。若干こわい。

「あ、あの…」
「…………」

 無言こわい。サングラスのせいで2割増くらいでこわい。どうしよう。
 パニックになってる間にも、腕を掴む力は強められていく。子供のころ、借金を取り立てにきたおっさんたちもこんな風貌だった。掘り起こされたトラウマから手先が震えてくる。声が出ない。
 ぱっ、と腕を掴んでいた手が離され、そのまま俺の肩を掴む。大袈裟なほど体がはねた。


「……お兄さん、大丈夫?」
 男がサングラスを外したかと思うと、そこにいたのは不安げな表情をした安藤くんだった。

「顔、真っ青ですよ……」
 大丈夫だよ、って言いたいけどまだ声が出ない。心臓はばくばくと痛いほど急いで動いている。
 安藤くんは黙って俺の手を握り、背中をさすってくれた。





「も、大丈夫」
「……まだ顔色悪いっすよ」
「へいき。それより今日はどうしたの?」

 安心させるように笑いかけながら言えば、安藤くんの顔は一瞬硬くなった。

「こ、この間のことを謝りに来たんです」
 殴ったりしてすみませんでした、と安藤くんは頭を下げた。その姿に俺も慌てる。

「あ、頭上げてよ。あれは俺が悪かったし…」
「って言うってことは、やっぱりわざと俺を煽るようなこと言ってたんすね」
「……そんなことないよ」
「おかしいと思ったんすよ。あのときは怒りで何も考えられなかったけど、…お兄さんはあんなこと言うような人じゃないから」

 よくわからないけれど、俺の小芝居は全部ばれてしまっていた。恥ずかしい。どうしよう、走って逃げちゃおうか。とか考えてみるが安藤くんの話はまだ続く。

「バイトのあの子、親戚なんです。家も近くて妹みたいな感じで……最初は仲立ちを頼まれて仕方なくだったんですけど、なんか、お兄さんに会うたびに次が楽しみになってきて、仲立ちとか関係なく会いたくなってきて、その、何て言うか…」

 安藤くんは今、俺の誤解を解くために一生懸命言い訳をしている。この関係を取り繕おうとしてることには、さすがの俺も気が付いた。取り繕うということはこれから先も会ってくれるのだろうか。わからないよ、こういうの、慣れてないんだってば。流されてみようか?そればかりもつまらない。
 安藤くんの言い訳を遮る。

「今日はカレーにしようかなって思ってるんだけど、手伝ってくれる?」

 聞けば彼ははにかんで頷いた。



おわり





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