寝る気力さえなくてぼうっと天井を見つめていると、自分が今生きていることを忘れそうになる。食べて寝てたまにコンビニに行く生活はもう1年近くになった。廃人をつくるには十分な時間だ。
 働こうと思ったこともある。だが通帳の中の億単位の金がその邪魔をした。人間関係に揉まれるだけでも人として変われるのはわかっているが、やはり一歩が踏み出せない。というか、俺を雇ってくれる場所なんてあるのだろうか。上下関係を身をもって経験したこともなく、一般的な常識もよくわからず、学歴もない。生活に困っているわけでもないから意欲もそこそこ。いらねえよそんな奴。

 喉が渇きを訴え始めたので、布団から出て機能していない冷蔵庫を開けた。中身は常温のペットボトルがひとつだけ。そろそろ買い出しに行くかと着替えて家を出た。




「あ、イケメンお兄さんだ」
「……安藤くんだー」

 久しぶりに見た彼は懐っこい笑みを見せた。同時に胸元のプレートから研修中の文字が消えていることに気付く。自分が無駄に時間を過ごしていた間も、彼は経験と成長を得ていた。急に自分の存在が恥ずかしく無意味に感じる。


「うわあ、またそんなのばっかり買うんですか?」
 カゴの中には大量のカップ麺。安藤くんはあきれたような顔をした。軽く笑って受け流す。

「安藤くんは一人暮らし?」
「あ、はい」
「自炊とかしてんの?」
「あー、簡単なものなら自分で作ってますね。最近は鍋が多いですけど」
「鍋かぁ…。鍋なら俺でも作れるかな…」
「作れますよー。あ、つか俺が作りに行きましょうか?」

 笑う安藤くん。冗談だろうか。冗談だろうな。だとしても受け流し方がわからない。

「そうしましょうよ。このあと家帰ってカップ麺食うより、俺とふたりで鍋ったほうがいいっすよ。ちょっと待ってて下さい、すぐあがれますんでー」

 にこにこしながら安藤くんは店員用の扉の中へ消えて行く。これは冗談じゃない感じなのか。わからん。とりあえず待っとく? 会計をすませて店の外で安藤くんを待ってみる。すぐってどれくらいだろう。とか考えてたら安藤くんが現れた。本当にすぐだった。

「お兄さん家で大丈夫っすかね」
「あ、うん」
「鍋あります?」
「多分」
「何鍋がいいっすかねー」
「俺はなんでもいいよ。……ていうか、大丈夫、なの?」
「何がっすか?」
「や、何て言うか、…知らない人に着いてっちゃいけないよ、みたいな?」
「でも、オレが自主的に押し寄せてるだけですし。むしろお兄さん大丈夫っすか?」
「ん、俺は全然大丈夫だけど」

 ならいいか。いいのか? 二度目ましてで鍋パーティー。ありかなしかはわからないけど、とりあえず流されてみようか。

 スーパー寄って野菜とか肉とかを安藤くんがカゴに入れて金は俺が払う。割り勘!って安藤くんが叫んでたけど気にしない。

「……何かすいません」
「いいよ。てかそれ何回目?」
「本当、タダ飯とかそんなつもり…」
「わかってるって。俺が払いたくて払ったんだから気にしないの! それよりこれどうすればいいの?」

 家着いても台所でもぐだぐだ言う安藤くんを笑い飛ばす。鍋とか包丁とかお玉とか、全部ちゃんと揃ってた。あの人が買っておいたのだと思う。あるの知らなかったけど。
 とりあえず適当に具切って鍋にぶちこんで、鍋の元とやらもぶちこむ。そんなこんなで完成したのはキムチ鍋。うん、うまそう。

「どうっすかね?」
「うまい!野菜とか久しぶり!うまい!」

 うまいばっかり言ってたら安藤くんに笑われた。人と食べるメシはいい。買ってきた発泡酒も開ける。安藤くんも開ける。

「てか安藤くんって何歳なの?」
「こないだ21になりましたー」
「若いなー」
「なに爺さんみたいなこと言ってんすか。お兄さんは?」
「永遠の14歳」

 とか言えば安藤くんは笑ってくれた。俺も笑う。
 安藤くんは大学生らしいので、大学とやらの話を聞いてみる。へえへえふむふむと相槌は立派だが半分も理解できない。高卒ですかと聞かれて高校行かなかったと馬鹿正直に答える。中学の途中から学校というものに縁がなくなった。永遠の14歳。最高学歴小卒。言っても信じないなきっと。

 俺がまだ中学2年のときに両親が俺を置いて蒸発した。借金があった事実を俺は知らなかった。よくわからないままグラサンのいかついオッサンに担がれて、黒光りした車に乗せられて、狭い部屋にひとり押し込められて数日。解放されたとき、俺は知らない男のもとに送られた。売られたのだ。男はまだ20代だと思われる爽やかな男前で金持ちだった。欠点と言えば性癖くらいだろうか。売られた先で俺のしたことと言えば男への奉仕しかない。愛想を売り続けて十数年。ついに男は俺相手に勃たなくなり、金と住まいを押し付けて俺を追い出した。ごみのように捨てることをしなかったあたり、男は優しかったのかもしれない。月日による情もあったのかもしれないが。



「鍋うまかったっすね」
「うまかった」
「最後おじやにしたかったっすね」
「ごめんねーウチ米なくてー」
「次は米も買っておきましょうか」

 次、とか。社交辞令なんてそんなの知らないから期待してしまう。
 安藤くんはなんやかんや言って帰っていった。ひとりが当たり前だったはずの空間が寂しさを訴える。次も鍋をするのかな。






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