ライオン

*ヤンデレといじめられっこ




 司が泣いていた。

 2階の俺の部屋の窓からは、すぐ向かいの司の部屋が良く見える。司は制服のままベッドにもたれるようにして泣いていた。
 彼は悲しいことがあると、ああやって息を殺してひとりで泣く。幼い頃からそうだった。何か悔しいことがあっても、辛いことがあっても、誰にも言わずにひとりで涙を流す司。そしてそれを見取るのは俺だけだった。


 窓から身を出して司の家のベランダに飛び移る。ガラスをノックすると、ベッドに伏せていた司が顔を上げてこちらを見上げた。赤い目をした彼は一瞬驚いて間を空けたあと、急いで窓の鍵を開けた。


「利市……どうしたの…?」

「司こそ。泣いてただろ」

 司の部屋に入り、二人で並んでベッドに腰をかける。マットのスプリングが軋むと、嗅ぎ慣れた司の部屋の香りが舞った気がした。
 司の涙の跡をなぞるように頬を撫でれば、彼は目を細めて微笑んだ。


「……利市は昔から優しいね。心配してくれてありがとう」


 瞼を腫らして、それでも心配をかけないようにと笑う司に胸が苦しくなった。
 堪え切れずにその体を抱きしめる。彼の湿った制服は冷たく、かびた雑巾のような臭いが鼻先をついた。
 部屋の隅に転がる切り傷だらけのスクールバックからは、水を含んで厚みを増した教科書が雪崩るように飛び出している。油性ペンで書き殴られた陰惨な言葉は、紙が濡れたところで滲みもしていなかった。
 稚拙な嫌がらせだ。しかしその引き金を引いたのは俺だなんて司は夢にも思っていないだろう。
 彼は何の疑いも持たずに俺に体を預けている。



「……利市だけだよ。僕のこと、心配してくれるの」


 耳たぶに司の息がかかる。
 鳥肌が立つような高揚を感じて、司を抱く力を強めた。


「利市だけだ……僕には、利市しかいない」





 そうだ。司には俺しかいない。司には俺だけがいればいい。それでいいんだ。

 歪んでいる。自分でもわかっている。わかっているが、屈折した感情をどうすることもできない。
 司の涙は俺の心を締め付けると同時に喜悦を呼ぶ。
 皮膚の下に泳ぐ独占欲が俺の息を止めてしまいそうだ。早く楽になりたい。司、お前だってそうだろ。
 もっとも、もう何をしてもしなくても、司は俺のところに沈んでくるだろうけれど。






 司が落ち着いたところで窓から自室へと戻る。

「いつも思うんだけどね。ここからだと調度ベランダの手すりが檻みたいで、利市が動物園のライオンに見えるよ。髪の毛もオレンジ色だし、たてがみみたい」

 くすくすと笑う司が愛おしい。
 馬鹿だな。檻の中にいるのは司のほうだよ。


おわり




――――
頂いたお題を生かしきれなくて申し訳ないです…!