しし座流星群

※性的表現有
お兄さん16歳くらい



 玄関から物音が聞こえる。どうやら男が帰ってきたらしい。
 冷たいフローリングから腰をあげて彼を出迎えに行くと、スーツ姿の男は疲れの滲んだ顔を綻ばせた。俺もにこりと口角を上げる。

「お帰りなさい」
「ただいま。今日の和樹くんもかわいいね」

 抱きしめられると、男の汗のにおいに混じって外の香りがした。



 男が買ってきた惣菜をふたりで食べ、そのまま彼と風呂に入る。
 男の手の平が石鹸の泡を俺の体に擦りつける。彼の指先が何度も胸の突起をかすめ、摩り込まれた快楽から次第にそこは充血を始めた。男の手が尻に移っても俺はされるがままでいた。恥ずかしさと痛みから抵抗していた時期が懐かしい。あの時は内側を擦られて気持ち良く感じる日がくるなんて想像もしなかった。
 風呂から上がると裸のまま寝室に連れられ、清潔なベッドの上に押し倒された。首筋の皮膚を吸われながら、俺は天井のシミを数えた。


 可愛がられていればエサも当たるし風呂にも入れる。寝床にだって困りはしない。まるで飼い猫のような暮らしだ。最も飼い猫は主人とセックスなどしないけれど。
 初めのうちはどうやってここから逃げ出そうかとそればかり考えていた。玄関の扉は指紋認証しなければ内側からも開かない。男を倒すほどの力なんてないし、台所から包丁を持ち出す勇気もない。男が極悪非道な人間であったなら俺も迷わず強行突破を図っただろうが、彼は基本的に俺に柔らかくて、いつの間にかここでの暮らしを受け入れてしまっていた。
 それどころか男に媚びを売るような真似までしている。笑顔で出迎えるのも、大袈裟なほど嬌声をあげるのも、繰り返すうちに体に染み付いてしまった。馬鹿みたいだ。でも俺にはこの男しかいないのだ。俺の世界はこの2LDKに詰まっている。





 裸のまま湿ったシーツの上でまどろんでいると、とんとんと肩を叩かれた。振り向くと男が微笑んでこちらを見ていた。
 おいで、と俺を呼ぶ声に連れられるように、男とふたりで窓辺にしゃがみこむ。

「起こしてごめんね。もうすぐ流星群が見えるらしいから、どうしても和樹くんに見せてあげたかったんだ」
「りゅうせいぐん?」
「流れ星がたくさん見えるんだよ」

 あそこを見ていてごらんと指がさされたあたりを眺めていると、小さな光がちかりと輝いて消えていった。それをきっかけにぽつぽつと星が流れていく。

「……きれいだ」
「流れ星を見たのは初めて?」
「うん」
「そうか。流れ星に三回お願い事をすると叶うんだよ。和樹くんは身長が伸びないようお願いするといい」

 笑う男の横で俺はただ星を眺めた。
 なんとなくは気付いていたが、男にとって俺の価値は少年であるということだけらしい。男は俺をいつか捨てる。そうして新しい少年を手に入れるのだろう。
 この家の外に出て、それから俺はどうなるのだろう。想像した未来は霞んで消えた。きっと俺は何にもなれない。

 きらりとまたひとつ流れた光に、「いつか幸せになれますように」と願いをこめた。



おわり

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