俺の人生は全部花音で出来ている。 花音と出会って初めて自分が孤独であったのだと知った。それは、人を愛する事を知ったから。今までの自分の中に、もう一人、入り込んできたから。俺以外に、いや俺よりも大切なものを知ったから。 花音がいなくなったあの無機質な日々は、それこそ死んだようなものだった。ただ、惰性で生きていた。だから、今は何も怖くない。隣に花音がいるから。 花音はあの日、手術が終わった俺の横で泣いていた。 本当は知っていたんだ。俺のいない所で一人、泣いている事を。きっと今までもずっと泣いていたのだろう。俺のいないところで、何回も数え切れないほどの涙を流してきたのだろう。俺の前で見せた涙など、その数回しかない。 俺と出会った事で、少しは涙を流す回数を減らす事が出来ただろうか。 俺と出会った事で、少しでも笑顔が増えただろうか。 俺と出会った事で、少しでも幸せだと感じてくれただろうか。 高校生だった頃の花音は、不器用だった。感情のコントロールも、俺への頼り方も何もかも。全部1人で背負い込んで、俺に嫌われないように一生懸命で。 それが愛おしかった。不器用さが。何をしても、どんな事を言っても俺は離れないのに、どこか不安定で、どこか不完全で。それは俺もお互い様なのだけど。愛しているから、ぶつかった。何度も何度も。お互いを知ろうと、理解をしようと。 そして、再会した花音は大人になっていた。不器用なところは変わらない。でも不安定さは無かった。ただ、お互いを思い合えた。深く愛する事が出来た。これが、成長だというのだろうか。 寂しい思いばかりさせた、せっかく会えたというのにろくに構いもしなかった。嘘を吐いているのにも気付いていたのに、俺を信じ続けてくれた。 そして、こんな俺を守り続けてくれた、こんな俺を尚も愛してくれた。 花音を想う事から始まった俺の人生、花音を愛し愛されて終えられる人生。これ以上の幸せはきっとないだろう。 「冬獅郎、」 花音が俺を呼ぶ。何度も、何度も。 振り向くと、懐かしい高校の制服を着た花音がそこには立っていた。俺が気付いたのと同時に、いつものように俺に擦り寄ってきた。 「好きだよ」 「知ってる」 いつもの返しをすると、花音は笑った。そして、ふと見ると手には苦手で仕方がなかった英語の教科書とノート。いつもこのノートに何回も単語を書いていた。そうか、今日は... 「英語のテスト勉強、ちゃんとしたか」 「うん、ちゃんとしたよ」 本当に大丈夫なのだろうか、また赤点を取るのではないか、そしてまた1人で苛々して俺に当たり散らすのではないか...まるで過保護のようにどんどん花音に聞きたい事が溢れてくる。 「身体は平気か」 でもまず、真っ先に気になったのはこれだった。 なのに俺の心配を余所に、花音は笑った。 「冬獅郎が治してくれたじゃない、...もう元気だよ」 ...ああ、そうか。俺がずっと研究してきたんだった。花音に起こる異常を、ずっと、何年も。ようやく、報われたのか。もう、あんな辛い思いをさせなくて済むのか。もう、あんな苦しませなくて済むのか。...よかった。 花音は俺を見つめる。俺の大好きな笑顔で。 「そうか、これで毎日一緒に学校行けるな」 「そうだね、毎日一緒に学校行って、放課後はいっぱいデート出来るね」 「ああ、すげえ楽しみだ」 「...ありがとう、冬獅郎」 花音は俺を置いて走っていく。あんなに元気に走るのを見るのは随分久しぶりだ。 「冬獅郎ー!置いてくよー!」 「今行くからそこで待ってろ」 花音は笑顔で俺を待つ。俺はのんびりと花音の元へ歩んで行く。俺を待てなくなった花音は俺の懐へ飛び込んで来て、俺は花音をきつく抱きしめた。 嬉しくて、嬉しくて堪らなくて。 アズール・アムール 雲ひとつない、愛 「お疲れ様、...もう頑張らなくていいよ」 花音は笑っていた。頬に涙を流しながら。 俺の手を握って、俺とお揃いの指輪を付けて、俺と同じ苗字を名乗って。 寂しくない、悲しくない、ただ安心した、嬉しかった。こっちの花音も俺が愛した笑顔を向けてくれるのだから。 ありがとう、俺の生きる意味となってくれて。 ありがとう、俺の側に居続けてくれて。 ありがとう、俺の人生となってくれて。 ありがとう、誰よりも俺を愛してくれて。 さようなら、花音 もう一回だけ、離れてみよう。 大丈夫だ、また会える。絶対に、会えるから。 次に会う時は、本物の永遠を誓おう。 しおりを挟む |