短い、なんて思わなかった
それは長い喪失感を感じていたから
それは何よりも愛する花音が俺の元に戻ってきてくれたから
...それは花音が俺を愛してくれたから


本当に、幸せなんだ
ただ、この世に未練を残すとすれば、花音を1人にしてしまう事。
でもきっと今の花音なら大丈夫だろう。あの頃の花音なら、俺は今のように穏やかにいられなかった。
強くなったんだ、それは俺に縋らなくても生きていけるという事。俺無しでは何も出来ない、俺無しには生きていけないあの頃の花音とは違う。花音の考えで、花音の言葉で俺を想って、俺を愛すんだ。






「ひ、びばんや...くん?」

「は?」


高校1年の春、花音と初めて出会った。


「ひばんやくん、委員会の事なんだけ...「ひつがや、だ」

「え、ん?ひつがや...?ご、ごめんなさい!」


俺の名前が読めずに誤読。いつもある事だから、特に気にはしていない。だけど、俺に相当びびっていたのか、花音は泣き出しそうな顔になる。


「んな事で泣くなよ」

「泣いてないよ!!」

「そんなに俺が怖いか」


俺がそう問うと、花音は何故か笑った


「意外と繊細なんだね」

「お前がそんな顔するからだ」

「お前って言わないで」


正直、面倒臭い女だと思った。泣きそうな顔をしたと思えば、笑ったり、怒ったり。
でもそれと同時に思った事もある。
とても綺麗に笑う奴だな、と。こんな事思ったのは初めてだった。


「それで日向、用事はなんだ」

「一緒に行こうよー!って話」

「...それだけかよ」

「いいじゃん、ひばんやくんー」

「今のはわざとだろ、追いてくぞ」


もしかしたら、この時から俺は花音に興味を抱いていたのかもしれない。

他人に興味なんて無かった。どうでも良かった。だから、人から無愛想だと言われた、冷たいと言われた。それでも、何も気にならなかった。しなければいけない勉強は得意で、しなくても誰に何を言われる訳でもない対人関係は疎かにしていた。

一人は楽だ、だから嫌いじゃない。そう思っていたのに


「たまに、悲しそうにしてるよ」


花音はある日、俺にこう言った。


「悲しくねえよ」

「ひとりは、悲しいよ」

「そんな理由で俺と関わるなら、もうやめろ」

「私はそんな理由で一緒にいる程、お人好しじゃないんだけど」


何故か不機嫌になった花音。よく花音は理由は分からないが不機嫌になる。その理由が分からないのも、人を拒んできたからなのだろうか。一人でいた方が楽なのに。周りの目を気にしながら無理に合わせる事の何が楽しいのだというのだろうか。

不機嫌になろうがどうでも良い。俺には関係無いのだから。だけど、花音は、花音だけは違った。機嫌を直さないと、だなんて自然とそう思っていた。


「日向、暑くねえか」

「...暑いけど、それが何さ」

「放課後かき氷食いに行くぞ」

「やだ、そういう気分じゃ...「俺の奢りで」


そう言った瞬間、花音の表情は180度変わった。そして「しょうがないな」と満更でもないような事を言い出す。そして、俺は内心、少し勝ち誇ったような気分に浸るんだ。


「日向ってやだ、花音でいいよ花音で」

「日向でいいだろ別に」

「無理無理、花音って呼んで」


下の名前で呼ぶ、上の名前で呼ぶなんてどうでも良いだろだなんて思っていたけど、花音がうるさいので、仕方なしに呼んでみるとたちまち満面の笑み。そして同時に距離が近くなった感覚。不思議なものだ。


「日番谷くんは何て呼ばれたい?」

「はあ?そんなのどうでも良い」

「うーん、じゃあ冬獅郎って呼ぶから」

「...勝手にしろ」


花音は、俺のペースをいつも乱す。それが少し楽しくなっていた。

花音と出会って俺の人生は大きく変わった。学校に行くのが少しだけ楽しみになっていたし、面倒とばかり思っていたメールも少しずつ返すようになっていた。そして何よりも花音の顔を見るのが楽しみになっていた。

花音がかけがえの無い存在になるのなんて、そう時間はかからなかった。
だからあの日、初めて見た涙に耐えられなかった、俺が守らなくてはいけないと思ったんだ。





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