どんなに愛していても、いつかは別れが来る。
どんなに寄り添っていても、いつかは別れが来る。
それが二人一緒ならどんなに素敵な事なのだろうか。

...でも、悲しいなんて思わない。
悲しいと思ったら、この愛しい気持ちを全て否定してしまう事になるから。
悲しいなんて思ったら、きっと冬獅郎は私以上に悲しんでしまうから。


冬獅郎が狂ったように勉強した時間も、冬獅郎が私を悔いていた時間も、冬獅郎が悲しんだ時間も、全部私の為に費やした時間。
...もう安心していいよ。私はここから離れない。今度は私が側にいる番。どこにも行かないから。
だから、冬獅郎はもう自由になって。







「汚ねえ字だな、こういう重要な書類くらい綺麗な字で書けよ馬鹿」


ぶつぶつ文句を言いながら婚姻届を書いたあの日、私たちは夫婦になった。
小言を言いながらも冬獅郎が嬉しそうにしていたのが、何よりも幸せだった。

この白い部屋で語り合う時間は、いつかのあの日々のよう。ただ違うのは、あの日々と立場が完全に逆であるということ。

冬獅郎は最近、昔話をよくするようになった。高校時代の私達の思い出話。
所々記憶が曖昧な私は冬獅郎の話を自分の事のように聞けない。だから、冬獅郎が私の為に書いてくれた日記と、私が書いていた日記を一緒に読むようになった。


「私達ってこんな些細な事で喧嘩してたんだね」

「花音がすぐ機嫌悪くすんだ、女子と話すなってうるさかった」

「そしたら冬獅郎も、話しかけられても無視しろってかって不機嫌になっちゃって」

「くだらねえな、ほんと」


きっと、冬獅郎は高校時代の私達が1番好きなんだと思う。
それ以降は、苦しい思い辛い思いをたくさんしていたから。だから、感情をお互いぶつけ合う事が出来た、あの頃の未熟さが何よりも愛おしいのだろう。

...今は、良い意味でも悪い意味でも私達は大人になってしまったから。感情をそのまま表に出さず、一回自分で消化してしまう術を身につけてしまったから。だからこそ、喧嘩はしない。
今だからこそ、笑い合えること。


「...ねえ冬獅郎、あの日私の為にウエディングドレス買ったの?」

「あー...どこに閉まった忘れちまったな」

「え?!買ったの?!馬鹿!」

「言っておくが、着たいって駄々こねたのは花音だからな。あれでお年玉貯金使い果たしたんだぞ」


それは1番と言っていい程の驚き。
馬鹿正直というかなんというか...。あの頃だから出来た無茶だったのかもしれない。
当の冬獅郎はただ懐かしそうに笑っているだけ。少しだけ、切なくなった。


「よく買いにいったね」

「あの時は、そんな事考える余裕なんてなかったからな。ただ焦ってた」


一体どんな気持ちであの時を過ごしていたのだろう。これは本当にいつも感じる。


「...何も出来ない自分が嫌だったんだよな、高校生だというハンデを背負ってた。だから、あんなにがむしゃらだった。余裕はなかった」


冬獅郎の使った時間の理由は全てこれに起因していた。あの時出来なかった事の後悔を、消化していこうとしている。やっぱり冬獅郎の時間は、高校時代で止まっていた。
きっと、進む事はないのだろう。でも、いいの。私達の今は、あの時からずっと繋がっているのだから。

そして


「高校時代に戻りたいと思う?」


と聞くと必ず、


「今戻っても俺はきっと同じ事を繰り返す。あの時の後悔は今も忘れねえ、でもあの時の行動は全て最善だった。」


そう言う。だから、私は安心する。


「それに、今が幸せなんだ」


冬獅郎も、同じ事を思っていてくれるから。






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