悪いな、花音。
あともう少しだけ、俺の我が儘に付き合ってくれ。たまには良いだろ?
俺だってお前のその愛に甘えたい時だってあるんだ。

ずっと、ずっとお前に会えるのを待っていたんだ。花音よりずっと、ずっと想っている時間は長いんだからな。

...もう気付いてるんだろ?俺の嘘に。





「......花音」


愛しい名前を小さく呟いた。真っ暗な寝室にあるシングルベッドで規則正しく寝息をたてている。顔を覆う髪の毛を手で優しく払うと、その頬は濡れていた。


「......行かないで」

「...すぐ帰る」

「冬獅郎...やだよ、行かないで」


その刹那、また寝息をたてる。
花音の手を握ると、ゆっくりと瞼を開き、俺を確認するとすぐ笑顔になった。


「...おはよ」

「まだ夜だ馬鹿」


涙の訳なんか聞かなくても分かる。夢の内容なんか聞かなくても分かる。でも、俺はその不安を拭ってやれないのだから。


「狭い、もっと奥につめろよ」

「2人で寝ようとするからでしょー?」

「うるせえ、ほらつめねえなら乗っかるぞ」


俺が花音の前から完全に姿を消さなくてはいけない時間は刻一刻と迫っている。
もしかしたら、俺に明日が来ることはないかもしれない。それを俺と花音は口に出さずとも分かっている。
花音は俺を分からないと言うが、分かってるんだ。本当は誰よりも。


「こんな夜中に私に会いたくなっちゃったの?」

「そんなとこだな」

「素直な冬獅郎はなんか変だね」


真夜中に起こしてしまったのにも関わらず、俺を受け入れてくれる。
その綺麗な笑顔で。俺はそんな花音を抱き締めると、花音は更に強い力で俺を抱き締め返す。

人はこんなにも人を好きになれるものなのだろうか。人はこんなにも人を愛おしいと思えるものなのだろうか。
...それは花音だからだろう。俺の人生は花音そのものなのだから。


「大好きだよ」

「知ってる」

「ふふ、」


...でも、思うんだ。俺は本当に花音を幸せに出来ているのだろうかと。
俺の胸に顔を当て、俺から見えないように花音は静かに涙を流しているのだから。一生懸命、俺に気付かれないように笑っているけども、泣いているんだ。
こんな馬鹿な俺の嘘に付き合って。


「...暫く会えねえかもしれねえ、元気にしてろよ」

「.........また、私に会いにきてくれる?」

「ああ、...」


昼間にはもう会えなくなってしまった。きっと俺の命の期限が目に見えて分かってしまうから。だから、こうして夜中ばかりになってしまう。
今度はいつ会えるかもわからない。いや、もう会えないだろうな。

体調の悪さなら慣れていた筈だが、流石に生死のかかった体調の悪さは俺でも正直きついものがある。身体がいう事を聞かないんだ。

...花音ごめんな、幸せになるって言ったのにな。
俺がこの世からいなくなったら恨め。でも、それまでは俺を愛してくれ、幸せだと言ってくれ。それが我儘な俺自身の最後の望みだ。


「冬獅郎、」

「あ?」

「またね、」

「.....ああ、」


花音は信じているんだ。奇跡を。
でも、もう起こらない。これだけは変えられないんだ。俺達の奇跡は使い切ったから。

俺が部屋を出る時、名残惜しくて振り返ると花音やっぱり笑っていた。俺のために。俺だけのために。
どんな高価な物より、綺麗な物よりもその笑顔が俺の生涯の財産だ。

...最後の最後で花音を傷つける事になっちまうとはな。
でもこれ以外、何も思いつかないんだ。俺達が、幸せになる方法を。これが最善なんだ。花音が俺のために涙を流さないために。





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