人は、きっと私たちを可哀想だなんて言うんだろう。
人は、きっと私たちを不幸だなんて言うんだろう。
でも、そんな事は絶対ないの。だって、誰よりも何よりも愛している人と、こんなにも想い合って愛しあえるなんて幸せ、これ以上の事はないから。
...そうだよね、冬獅郎。





「花音、」

「ん?なになに?」


珍しく少し落ち着きがないように見える冬獅郎。学会やら研究やらで忙しくて、久しぶりにゆっくりしているからなのだろうか。
ソファに座る冬獅郎の顔を覗き込むと、冬獅郎は突然私の手を握った。


「どうしたの?」

「......これからは、これ付けろ」


ポケットから取り出したのは、とても綺麗にラッピングされた小箱。私がきょとんとしていると、冬獅郎はふっと笑った。


「ほら、そんな顔してねえでさっさと開けろ」

「.........え、これって...」


あの冬獅郎がわざわざ時間を作って、私に差し出したプレゼントは結婚指輪。薬指に付けると、それは綺麗に光り輝いた。
顔を上げて冬獅郎を見ると、冬獅郎は優しく微笑み、そして小さくキスをする。


「気に入ったか?」

「まだ結婚してないのに、気が早過ぎだよ」


そんなに焦んなくても、私はいなくならないのに。そんなに焦んなくても、私は冬獅郎を愛しているのに。

それでも私を強く愛してくれる冬獅郎に涙が溢れてしまう。嬉しくて嬉しくて仕方がなくて。こんなにも愛してくれるだなんて。


「早くてもいいだろ?...つーか泣くなよ」

「...うるさいなあ、だったら泣かせないでよ」


私の頭をわしゃわしゃと撫でる冬獅郎。
それがとても心地良かった。私は冬獅郎といて悲しくて泣いた記憶はほとんどない。それは冬獅郎が私を幸せにしてくれるから。だから、私の涙は全てうれし涙。


「俺といる間、あと何回泣くんだろうな」

「幸せ過ぎると思ったら何回でも泣いちゃうよ」


冬獅郎は私をしばらく見つめ、そして


「花音、愛してる。今もこれからもずっと。」


そう、はっきりと言った。
2人で付けたお揃いのシルバーリングは、綺麗な輝きを放つ。悲しいくらい、綺麗に。







「花音、久しぶり。元気だった?」

「乱菊さん!お久しぶりです」


あの日から数ヶ月後、乱菊さんは私を訪れてきた。以前はしょっちゅう会っていたけれど、冬獅郎が学会と言って飛び回るようになっていたから、私も冬獅郎の大学に行く事がないので随分と久しぶりだった。


「あのね、ちょっと話したい事があって」


久しぶりに会ったのにも関わらず、乱菊さんの表情は晴れない。私は部屋に上がるように言ったけども、乱菊さんはすぐ終わると言って上がろうとはしなかった。


「日番谷、今どうしてるか知ってる?」

「...学会に行ってると聞いてます」


そう言うと、乱菊さんは更に表情を曇らせる。


「花音には絶対に言うなって口止めされてるんだけど...「冬獅郎、もう長くないんですよね」

「一体誰から...」

「誰からも言われてないですよ、もちろん冬獅郎からも」


乱菊さんは目を見開いて驚く。それは当たり前だろう。私が知る由も無いのだから。
でも、私は現に知ってる。それは何故か。理由はない。でも気付いていた、薄々と。冬獅郎が学会には行っていないということ。学会と偽って入院して、そして体調優れている時に私の前に現れること。
もう、ずっと前から。


「...分かりますよ、だって私、冬獅郎のお嫁さんだもん」

「......今まで分かっててずっと...?」


予感はしていた。ただ証拠も何も無かった。それが今、確固たる証言を目の前にして、私の予感はやはり当たっていたことが証明される。

心の準備は出来ていた。少しずつ、少しずつ現実を受け止めようとしてきたから。

それと同時に嘘であって欲しい、私の杞憂で終わって欲しいと願い続けていた事でもある。


「...私の知っている事、全て花音に話すわ」

「いいえ、それはいいです。」

「何も知らなくていいの?」

「冬獅郎が、私には伝えない理由があるから。私が知らない方が良いって思ってるって事だから」


そうなんでしょ?...冬獅郎。
冬獅郎が私の為にと嘘をついたとして、それは私にしてみれば全てその嘘は本当なの。だから、私は貴方の嘘を本当だと思う。

それが、今の私が冬獅郎の為に出来る唯一の事だから。冬獅郎の好きなよう、思っているように生きて欲しいのだから。


「乱菊さん、ありがとうございます」

「いいえ。...一応、病室の場所教えておくわね。」


乱菊さんは小さなメモに冬獅郎がいるという病室を書いて私に渡してくれた。
そして、帰り際に


「できれば、行ってあげて欲しいわ。あいつは強がりだから、花音に弱いところを見せたくないだけだと思うの」


この言葉を残して、去って行った。

そんな事は分かっている。...分かっている。
でもまだ、冬獅郎に会いに行くには早い。あともう少しだけ、愛する人の嘘を本当にしていよう。

渡されたメモを静かに握り締めて、今日も帰らぬ冬獅郎を考えては私の行動の是非を自分に問いかけた。...それでも私の答えは変わらなかった。






「花音、待たせたな」

「おかえり!大変だったね」


数週間後、冬獅郎は私の前へ姿を現す。
何事もなかったかのように、部屋に上がり雑談をし、そして私の用意したご飯を食べる。
なに一つ変わらない日々の筈なのに、変わったのは冬獅郎。顔色が悪い、心なしか痩せた。


「...どうした?」

「ううん、なんでもないよ。...ていうか私の顔そんなに見ないでくれる?」

「花音、少し太ったか?」

「うるさい、誰かさんのせいで幸せ太りですよ」


冬獅郎はふっと笑みを零した。
これで全て良いんだ。冬獅郎が笑ってくれて、私に意地悪を言ってくれて。冬獅郎が無駄な心配をしなくて済むのだから。

食欲なんてないかもしれないのに、美味しいと言って食べてくれる冬獅郎。それでも、会う度に確実に弱ってきているのが分かってしまうのが何よりも悲しい。


「今日、何の日か知ってるか?」

「...うーん、なんかあった?」

「馬鹿、記念日だろ」

「あ!そうだ!忘れてた」


冬獅郎は私を少しでも喜ばせようとしてくれる。まるで私の為だけに命を削っているかのように。
わざわざこの日に合わせて帰ってきて、本当に馬鹿みたい。だって、ついこの前結婚指輪を貰ってばっかりなのに、今度は私がずっと前に欲しいと言っていたネックレスを渡すのだから。


「...よく覚えてたね」

「寂しい思いばかりさせてごめんな」

「冬獅郎の馬鹿...」





いつだってうれし涙





「泣くなよ、嬉しいなら笑え。ほら」

「うれし涙なんだからしょうがないでしょ?」



冬獅郎は私の笑顔が好きだと言う。
だから、私はどんな事があっても笑おう。
ただ冬獅郎の為だけに。

そして、涙が止まらないのも冬獅郎の愛が嬉しいから。悲しいから泣いているんじゃない。

だって、冬獅郎はまた学会へ行くと言っているのだから。





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