目を開けると、白い天井が見える。 懐かしい、そしてどこか切なさと自己嫌悪を彷彿とさせるような感覚。 「...無理すんなっていつも言ってんだろ」 「冬獅郎......」 感じている温もりの方向を向くと、いつも大学内で見る、白衣を着ている冬獅郎が私の手を握っていた。 「...道で倒れてたんだってな、どうしたんだ」 ああ、そうだったのかもしれない。家に着いた記憶がなく、冬獅郎の家から出てしばらく歩いたところの記憶までしかない。 「目も腫れて...、花音...泣いたのか?」 冬獅郎のいちいち優しいその言葉のひとつひとつ。ずっと不思議に思っていたその理由がようやく分かった。冬獅郎に謝りたくて、冬獅郎に伝えたくて、冬獅郎を愛していて。 「なんで...、早く帰ってきてくれなかったの...?」 なのに口から出たのは嗚咽と、会えた喜びよりも会えなかった寂しさを伝える言葉で精一杯だった。冬獅郎は困ったように笑って、私の髪を優しく撫でて「悪かった」と一言小さく言った。 そして、涙を流す私の額に軽くキスをして、時計を見るなり私から離れようとする冬獅郎。 「冬獅郎...っ!我儘ばっかり言ってごめんね、...あの日、冗談のつもりだったの、傷つけてごめんね...」 これだけで分かってくれるだろうか。 冬獅郎は、しばらく動かなかった。こんな冬獅郎は初めて見る。全ての思考が止まったような、そしてその綺麗な翡翠の瞳が潤む姿を。 「ごめんね、ごめんね......昔も、今も全部」 「...花音...、...それは、...「日番谷!探したわよ!忙しいで」 そこに現れたのは、息を切らした乱菊さんだった。よっぽど時間が差し迫っていたのだろう。冬獅郎は、はっとしたように、 「花音、気を付けて帰れよ。今晩お前の家寄ってくから安静にして待ってろ」 早口にそう伝えて、足早にいなくなった。 私は一人、白い天井を改めて眺めた。 冬獅郎と生きてきて、私の人生は冬獅郎で埋め尽くされている。あの日、冬獅郎が私を呼び止めてくれなかったら、こうしてまた巡り会う事はあり得なかった。 全てを思い出した訳ではない。でも、冬獅郎との最後の日だけは何故か鮮明に覚えている。学生服姿の冬獅郎、窓の景色、もう死ぬんだなって感じている私の当時の心境。言葉もなかなか出てこなくて、すごくそれが嫌だった。 ...なのに、冬獅郎は何度も頷いて話を理解してくれようとしたり、冬獅郎なりに気を遣って、私がたくさん話さなくても良いように、でも私が退屈しない会話をしてくれたり。 今考えても冬獅郎には感謝してもしきれない。 だけど私はあの日、冬獅郎の気持ちを踏み躙った。冬獅郎がどんな気持ちで私と接しているのか、そんな事ちょっと考えたら分かる筈なのに。 「私が死んだら、冬獅郎も、やっと楽になれるね」 感覚が麻痺していた。冬獅郎は笑って「何言ってんだ馬鹿」と言うのだと思ってた。ほんの少しの冗談のつもり、あの状況では冗談になり切れないのだけど。...そうでも言葉にしないと、茶化しでもしないと、差し迫る死に恐怖してやっていけなかった。 「......花音、俺をなんだと思ってんだ」 冬獅郎は怒り、翡翠の瞳は私を鋭く捉える。それは初めてで、どうしていいか分からなくて、ただ押し黙る事しか出来なかった。 「俺は、今まで一瞬でもそんな事思った事ねえ。なのに、お前は俺をそんな風に思ってたのか」 言葉も出て来なくて、でも気の利いた弁解が出来る訳もなく、それを考えているうちに冬獅郎はおもむろに席を立ってドアに手を掛ける。 「...明日も、来てくれる...?」 散々考えて出た言葉はこの台詞、これが当時の私には限界だった。確か冬獅郎は溜息混じりに適当に何かを答えた筈。 これが冬獅郎との最後にした会話。後悔どころではない、罪悪感どころではない。冬獅郎の愛も何もかも無下にしてしまったようなもの。 白い天井を見ると、その時の気持ちも一緒に思い出してしまう。点滴が落ちるのを横目で見ながら、当時の私の浅はかさに嫌気をこれでもかと感じた。 しおりを挟む |