私を何故こんなにも愛してくれるのだろう。理解が出来なかった。すごく嬉しい事だけど、合理的な理由がない。
一人で生きてきたかのような人だと思ってた。なのにあの日記を読んでしまってからそれは私の大きな勘違いだったと気付かされる。読まなければ良かった、でなければこんな事考えなくて済んだ筈。

勝手に日記を読んでしまったという後ろめたさから、冬獅郎に合わせる顔が無く一週間会いに行けなかった。


そして冬獅郎と会わなくなっ8日目の午後、私の働く花屋に遠くからでもすぐに誰だか分かる銀髪が現れた。今の時代に彼氏にメールも電話も出来ないというのはかなり不便で、毎日のように会っていたせいも手伝って、たかが一週間会わないだけで不安や心配、そして寂しさが募っていた。


「...冬獅郎」

「なんか怒ってんのか?」


大きく首を振ると、ふっと笑って「何時から休憩だ?昼飯食いに行こうぜ」とさらっと言う。でも今の時間は午後4時。お昼ご飯にしては些か遅すぎる。冬獅郎は時間の感覚がズレている事が多い。それは俗世から離れて生きているような、そんな印象を受ける。


「もうお昼の時間じゃないよ、...あ!私もう少しで上がりだからちょっと待ってて」


上がりだというのを思い出した私は、急いで帰り支度をするために事務所に向かった。

...冬獅郎はいつもタイミングを分かっている。私が辛くなった時、私が寂しいと思った時、私がとても会いたいと思った時に必ず冬獅郎は私の前に現れてくれて、そして私の心を救ってくれる。


「ごめん、待たせちゃって」


小走りで冬獅郎の元へ駆け寄ると、何も言わずに私の必要以上に大きい荷物を持ってくれる。初めはこの荷物の量にいちいち文句を言っていたけど最近は慣れたのか何も言わなくなった。


「冬獅郎、今日は大学に戻るの?」

「いや、戻らねえけど」

「だったら私の家でご飯食べよ?」


冬獅郎は私の提案が予想外だったのか一瞬だけ目を見開いた。
一週間ぶりに会った冬獅郎は酷く疲れていて、十分に寝ていないのか目の下の隈も目立っている。何が冬獅郎をそうさせているのかは分からないけど、とりあえず休ませてあげたくて、論文も分厚い辞書も難しい本も何もない私の自宅へ連れて行ってあげたかった。


「...そういえばお前ん家行くのは初めてだな」

「もしかして緊張してるの?意外と可愛いところあるんだね」

「やっぱりあそこの店入ろうぜ、お前の部屋小汚そうだし」

「もう!!ちゃんと綺麗にしてるよ!」


冬獅郎に気まずさを抱いていたのかが嘘のように感じる。無愛想で無表情でこうやっていつも私をからかうのに、とても居心地が良い。だから尚更悲しくなる、尚更冬獅郎をちゃんと見て冬獅郎と向き合いたくなる。...冬獅郎に心から幸せだと感じて欲しい。冬獅郎の手をぎゅっと握ると、握り返してくれる。私のこの気持ちが少しでも伝わればいいな、なんて生温い事を考えた。


「ほら、意外と片付いてるでしょ?ご飯作るからちょっと待ってて」


冬獅郎を招き入れると私は急いで台所に向かって、昼ご飯というよりもむしろ晩ご飯に近い食事を作り始めた。冬獅郎はテレビも付けず、私の部屋をじっと見渡している。なんか妙に気恥ずかしい。


「はい、食べよ!あんまりうろうろしないで」

「女の部屋ってこんな感じなんだな」

「冬獅郎の部屋が異様に物が少ないんだよ」

「俺は基本的に物を必要としない人間なんだ」


冬獅郎が食事と移動以外で片手に論文やらを持っていないのを初めて見た気がする。それがすごく新鮮だった。食事を終えるといつもそそくさと研究に勤しむ冬獅郎を見てきたから、食事が終わったらどうしていいのか分からない。冬獅郎自身も手持ち無沙汰なのかなんとなく落ち着きがないように見える。


「冬獅郎、」

「あ?」


特に用事もないのに呼んでしまった。いや、本当は伝えたい事や聞きたい事がある筈なのにどれから話せばいいのか、聞いてもいい事なのかが判断つかない。


「...冬獅郎......、」

「......どうした、花音」


気がつくと私は冬獅郎に抱き締められている。優しい冬獅郎の香りがする。


「...寝てないんでしょ?」

「少し忙しかっただけだ、そんな不安そうな顔すんなよ」

「そんなに頑張っ...んんっ、」


深く、深くキスをされた。冬獅郎のキスは止むことなく何度も繰り返し、私の息が持たなくて冬獅郎の胸を叩くとようやく口を離してくれた。


「...寂しかった」

「え?」

「いなくなっちまうんじゃねえかって不安だった」


冬獅郎は小さく、でもはっきりと言った。それは、冬獅郎の心の声。一人の人間として弱々しく何かを怖れているような、誰かに救いを求めているような、そんな声。





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