俺はただ生きてきた
花音とは会えないものだと思って、ただ生きてきた。ずっと一人で。それでも花音を消し去る事なんか出来る筈もなく、花音を苦しめ続けた病を狂ったように研究し続けてきた。

そこで分かった事は、記憶を消し去る事ができれば命の危険はないということ。ただ逆に、記憶を消し去る事をしなければ命の危険があるということ。
花音は後者を選んだ、日に日に無くなっていく記憶だけど、全て無くす事だけはしたくなかったんだ。それを俺に一言も相談なんかしなかったのが花音らしいと言えばそうだったのかもしれない。いや、初めから選択肢なんかなかったんだ、花音はそういう奴だから。




「冬獅郎ってさ、いつも何をそんなに勉強してるの?」

「あ?......お前に言っても分かんねえだろ」

気がつくとあれから花音は俺の大学に来たり、体調が心配だからと言って俺の家に押しかけて来たりと花音の顔を見ない日はほとんどなくなっていた。気がつくと花音は松本とも仲良くなっていて、二人で歩いているのを見るのも珍しくなくなり、俺の生活、周りの環境何もかもが180度変わっていた

「そんなに難しい事やってるの?大変だね」

「難しかねえよ」

俺が論文を読んでいる横で、花音は邪魔するわけでもなくただ雑誌を読んでいる。

「お前...さ、この前...」

「んー?」

「なんつーか、その...、俺が風邪引いた時...「冬獅郎ってさ、...好きな人とかいるの?」

かなり急な問いに俺は驚いた
論文から視線を外し花音を見ると、雑誌から目を離す事はなく、でも読んでいる風でもなかった。

「いや、.........別に」

「じゃあさ、最近まで好きだった人とかは?」

「なんだよいきなり」

質問の意図が全く見えない、俺の言おうとしていた事と何か関係があるのか。花音の表情を見ようにも、下を向いているせいで全く見る事が出来ない。俺は花音から視線の拠り所である雑誌を取り上げた

「あっ!いじわる」

「人と話す時は目見て話せ」

「冬獅郎だって論文読みながら話したじゃんか」

「俺は良いんだよ、特例だ」

そう言うと、「理不尽すぎる...」と言って少し拗ねた
そんな姿を見てしまうと何度もあの頃に戻ったように感じてしまう。間違って花音を抱き締めてしまったり、キスをしてしまいそうになったりしてしまう。もうそろそろ割り切らないといけない、過去と現在に。

「...あの日、冬獅郎はすごいうなされてた」

「......」

「私と誰かを勘違いしてたよ」

花音は笑っていたが、それはまた耳に髪をかけながらで。...困るのもしょうがない、いきなり抱きしめられたんだ。俺が悪い

「...悪かった」

花音の曇った表情が晴れる事はなく、更に沈んだように見える。...こんな顔をさせたいわけじゃなかったのに。今の俺にはこんな顔しか花音にさせることが出来ないのか

「......嫌な思いしたらごめん、昔さ...私と冬獅郎って両思いだったりとか......ないよね、ごめんね、意味は全然ないから!」

「......っ!」

...何故だ、記憶が戻ったのか?そんな事はない。何故だ、花音は何を考えている。ここで俺がそうだと言って得になる事はない、ただ花音は自分を責めるだろう。

俺はあの日からずっと大きな絶望感に打ちひしがれていた
だから、もう花音を奪わないでくれるのならば、何も望まない。そうしてくれれば、俺は、花音を今度こそ守るから。

花音の幸せを考えると、この答えは自ずと見えてくる

「前にも言ったが俺とお前は、"友達"だ」





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