初めて声を掛けられた時、何故か胸が痛んだ
顔を見たときに、動悸がした

話をして思った
無口だけど優しくて、なのに悲しそうな人

私の作り笑顔をいとも簡単に見破り、そして悲痛な顔をする
今までこんなこと無かったのに、あの人は、冬獅郎は私を分かっている

本当は、見透かされているようであまり良い気はしないはずなのに、何故か安心した
でも冬獅郎はずっと寂しそうにする
寂しそうで、悲しそうで。私の話をする度にそれは増していく

この人の心を溶かし、救ってあげたいと思ってしまった
根拠はないけど、救えるのは私しかいないんじゃないかと感じる

だって、冬獅郎の気持ちがほんの少し感じられる気がするから



「...落ち着いたか」

「......ごめんね、いきなり泣いちゃって」

冬獅郎の家の玄関で、というよりも冬獅郎の香りが私を包んだ瞬間、どこからともなく涙が溢れてきて止める事は出来なかった

冬獅郎は、理由を聞く事もなくただ私の涙が止まるのを待ち、何も言わずにコーヒーを淹れてくれた

「コーヒー飲めるか」

「うん、好き」

とりあえず聞いたけど、私がコーヒーが好きなのは知っているんだろう

「日向は...「花音でいいよ、そう呼んでたんでしょ?」

あの時に呼ばれたのは確実に名前だった
きっと、すごく仲良しだったのかな

「ああ...そうだな」

そう言う冬獅郎の表情はまた悲しそうだった

「そんな顔しないで?...私も悲しくなっちゃう」

冬獅郎との記憶も何もかも思い出せないけど、でも冬獅郎にはそんな顔をして欲しくない。私を知っていると言う人たちはたくさんいたけれど、こういう気持ちになったのは初めてだった

冬獅郎は私をしばらく見つめる、理由はわからない。こういう事は今日で何度かあった

「...冬獅郎はなんで私を探してくれてたの?」

「それは...、」

視線をコーヒーに落とし、数秒間をおいて

「高校時代に仲良くしてた奴に会いたくなってな、お前にはよく世話になったんだ」

「そっか、...せっかく会えたのにこんなんでごめんね」

何度この記憶障害のせいで、人をがっかりさせてきただろう
それが辛くて嫌で仕方が無い

「何も謝る事ねえだろ、...元気な姿で会えただけで十分だ」

冬獅郎が初めて私に笑いかけてくれた瞬間だった
不覚にも胸がドキドキした
高校時代の私は、こんな素敵な人と一緒に過ごせていたなんて羨ましい

...私の探している人は、この人なのかもしれないと思った。誰かはわからないけど、私の心が、私が目覚めた時からずっと誰かに会わなければいけないと言っている。
この人であって欲しいだけなのかもしれないけど、そんな気がした

「......お腹空いたって言ってたね、急いで作るね」

色んな疑問や、複雑な気持ちが入り乱れる

私はどんな人生を送ってきたのか、冬獅郎はあえて話していない事もあるように見える
思い出さない方がいい事があるんだろうか

冬獅郎を全て信じて良いのかもわからない
でも、私はこの人を信じたい

「そこ段差あるから気をつけ...「へっ?!」

「っ、馬鹿...、」

冬獅郎に注意された矢先、私は思いっきりその段差につまづき、転びそうになった瞬間、
冬獅郎は私を自分の方へぐっと引き寄せた
...が、タイツだった私はさらにフローリングを滑り、冬獅郎を引っ張ってしまったせいで結果的に冬獅郎が私を押し倒すような形になってしまった

「...ったく、大丈夫か」

「うん、ごめん...」

しばらくそのまま私たちは見つめあった
冬獅郎の綺麗な瞳に吸いこまれそう、不思議と目を反らす事はできない
私たちの距離はどんどん縮まっている

...このまま、どうなっても良いと思った

むしろどうにかしてして欲しい、このモヤモヤした気持ちも全部

「...悪りい、」

「ううん、全然っ」

しかし冬獅郎は、はっとしたように私から身体を離した

...キスをされると思った
それを少しでも期待してしまった自分に恥ずかしさと、違和感を感じてしまう

私はこの人に片思いをしていたのだろうか
そうしたら、この気持ちも全てつじつまが合う

「どうした」

「あ、うん、......ねえ冬獅郎、大丈夫?」

冬獅郎は「何がだ」と言うけど、何となく全体的に火照っているように見える

さっきは、私も気が動転してたから気づかなかったけど、近づいた時の体温が高いような気がした
そして気だるそうな感じ、

「熱、あるよ」

おでこに手を当てると、やっぱり熱い

「大丈夫だ、気にするな」

「気づいちゃったから気にするよ、ほら、病人は寝て」

どこもかしこも綺麗に片付いてある部屋は、寝室も例外ではなかった
とりあえず、少しムッとしている冬獅郎をベッドに寝かせ 、

「台所勝手に使っていい?」

と聞くと「好きにしろ」とため息混じりに答えた

冷やしたタオルを冬獅郎の額に乗せ、台所を借りてお粥を作り、寝室に戻ると、冬獅郎は少し苦しそうに寝息を立てていた

「...やっぱり熱上がってる」

再び額に手を当てると、さっきよりも熱い
風邪薬の場所が知りたかったけど、起こすのも可哀想なので、買いに行こうとすると、

「...花音」

冬獅郎が薄目を開けて私を呼んだ

「ん?起こしちゃったかな」

「何処に行くんだ」

重たい身体を起こして、私をまた悲しそうな瞳で見つめる

「...薬買いに行ってくるね」

「要らねえ、」

「いるでしょ?体温計も必要だし」

だからちょっと待ってて、と言っても冬獅郎は何故か頷いてはくれず、私の腕を掴む

「......行くな、...此処に居てくれ」

「ちょっと、冬獅郎...っ、」

そして熱で熱く火照った身体で私を強く抱きしめた
何がなんだか分からなくて、私はたどたどしく冬獅郎の背中に腕を回した



その腕で抱きしめて、確かめたかった



「......ずっと、会いたかった」

冬獅郎は、熱にうなされて誰かと間違えているんだろうか
あまりにもひとつひとつの言葉が重たくて、冬獅郎らしからぬ言葉で。

ほんの少し、いや、結構、その顔も名前も知らない冬獅郎の思い人に嫉妬した



それでもしばらく経って、ようやくベッドに戻ってくれた冬獅郎が私の手を離す事はなかった








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